聖女が奇跡を起こして人々を救う――だけでは終わらず、その“奇跡の後始末”をする庭師がいる、という設定がかなり良いですね⭐️
主人公は、聖女の祈りを支える立場なんですが、ただ付き添っているわけではなく、土や水、植物の状態を見て「どこまでなら救えるのか」を冷静に判断していきます。善意だけではどうにもならない現実を、庭師が引き受けている感じがありますd( ̄  ̄)
リリアの、できるだけ多くの人を救いたいという気持ちと、ノアの現実的な判断も、どちらかが間違っているわけではない。だから二人のやり取りにも単純な正解がなくて、奇跡って何だろう、救うってどこまでなんだろう、と考えさせられます。
派手な勇者より、裏方で黙々と仕事をする主人公が好きな人におすすめです!( ´∀`)
聖女が畑になす奇跡、それは、実りだけでなく、副作用としてわざわいも招くものであった。ただ、それにまつわる知を庭師は己の内に留め置き、聖女を無垢に保つ。
知が人類を発展させた。これは疑う必要も無いことである。ただ、同時に知が人類を幸せにしたかと問うとき、果たして、我々は同じ答えをなしえるであろうか。
ひるがえって、知こそが人類を汚す。それゆえ、それを排除し、無垢に留まれば良い。果たして、それは正しいのか?
これは古くからある人類にとっての普遍的な課題である。そして、未だ我々も答えを知らない。本作がいかなる答えを提示してくれるのか、楽しみである。
第一章まで拝読しました。
この世界の「庭師」は綺麗な庭園を管理する仕事ではなく、実りを導く「聖女」の祈りがきちんと奇跡として人々に届くように、対象地を整えたり問題を解決したりする非常に危険な仕事です。
作品世界の過酷さがとても丁寧に描かれており、第一章からいきなり「作物を芽吹かせる聖女の奇跡があってもそう都合よく問題が解決しない」という重い事態が発生します。
驚くべきは、独特な世界観でありながら、「読者に向けた独自設定の説明」みたいなものがほとんどないことです。
この世界の常識において起きている出来事やそれに対する人々の反応の描写だけで、読者には何が起きているのかが伝わるようになっているのは作者様の技量を感じます。
奇跡とは本当に人を救うだけのものなのか。
美しい聖女の巡礼の裏側を描く、少しダークで精緻な世界観が印象に残るファンタジーです。
読み進めるほど、植物が怖くなっていく作品です。
聖女リリアの祈りによって植物が芽吹く。
本来なら「奇跡」と呼びたくなる出来事なのに、その奇跡が必ずしも人間にとって都合のいいものとは限らない。
剣や魔法で何でも解決するのではなく、植物を観察し、根や土の状態を調べ、何が起きているのかを一つずつ見極めていく。
ファンタジーなのに、どこかフィールドワークを見ているような面白さがあります。
庭師長ノアをはじめ、聖女リリア、リリア付きの侍女ミラ、近衛兵セシルたちが、それぞれの立場から異変に関わっていくのも面白いところです。
そして怖いのは、何が危険なのか最初から全部わかっているわけではないこと。
美しい花も、小さな種も、地面の下に伸びる根も、読んでいるうちに「これは本当に大丈夫なのか」と疑って見るようになってしまいました。
薬なのか、毒なのか。
奇跡なのか、災厄なのか。
その境界が少しずつ曖昧になっていくのが、とにかく怖い。
植物を見る目が少し変わってしまいそうな、不穏で面白いファンタジーです。
主人公のノアは、聖女付きの庭師。
彼の仕事は、聖女の祈りで植物を芽吹かせることです。
しかし、祈りには限界がある。
水がなければ植物は育たない。
井戸の水を使いすぎれば、今度は村人が生きていけない。
聖女の奇跡によって畑を救おうとしても、「誰の畑を使うのか」「収穫を誰に分けるのか」という問題が残る。
第1話の「畑の三分の一」という数字が、その作品の面白さを端的に表していると思います。
奇跡を起こせる聖女と、奇跡を起こす場所や量を判断する庭師。
この二人の役割が明確に違うのが面白いところです。
聖女リリアは、人々を救いたい。
一方、ノアは土壌、水位、気温、植物の状態を調べ、「ここまでなら救える」という現実的な線を引く。
だから二人の会話は、単純な「善意対悪意」にはなりません。
リリアが間違っているわけでもない。
ノアが冷たいわけでもない。
ただ、存在しない水を奇跡で作ることはできない。
この制約があるからこそ、聖女の祈りが本当に「奇跡」として感じられます。
そして物語は、そこで終わりません。
水位帳の改竄、地中に潜む正体不明の根、祈りによって蘇った井戸苔。
「奇跡の後に生えた魔物は、俺が刈ります」という副題の通り、奇跡を起こした後始末まで庭師の仕事になっていく。
ここが、この作品ならではの魅力だと思います。
第二章に入ると舞台も変わり、奇跡の種や薬草を巡る話へ広がっていきますが、そこで描かれる問題もまた、「便利な奇跡があるから解決する」ではありません。
種の由来。
鑑定。
記録。
薬として使うための安全性。
そして、誰がその判断をしたのか。
物語が進むほど、「記録されていること」と「実際に起きたこと」の違いが重要になっていきます。
特に終盤では、危険な試験薬による患者の異常から、その原料となった植物の出所、鑑定、温室での管理へと調査がつながっていきます。
「命令はあった。許可印もある。それなのに、判断した者の名前だけがない。」
この構造は、単なる魔物退治ではなく、この作品が一貫して描いている「奇跡を扱う人間の責任」というテーマにもつながっているように感じました。
聖女が奇跡を起こす。
庭師が、その奇跡が届く範囲を決める。
そして、奇跡によって生まれたものに問題が起きれば、庭師が鋏を持って後始末をする。
タイトル通りの作品でありながら、読み進めるほど「庭師」という職業の意味が変わって見えてくる作品です。
派手な魔法だけではなく、土、水、植物、記録、そして人間の判断を積み重ねて世界を動かしていくファンタジーが好きな方には、かなり楽しめる作品だと思います。