第14話 町経営

ワタシは、彩花。


マズイことになった。


かなり。


マズイ。


「ケースケ」


あやちゃんが言った。


「せっかくだし、町を案内してよ」


「……いいですよ」


ケースケが分厚い眼鏡を直す。


「トモダチですから」


「ははっ。そうだね」


ラソアが笑った。


『……』


気持ち悪い。


ラソア。


そんなこと。


絶対言わない。


『……コール』


『ナンダ』


『ラソア、やられたよな』


『……』


ピンク色の受話器が、珍しく笑っていない。


『ヤラレタ』


『ギャハ…あやちゃんもだろ?完全にヤラレテル』


『……ソウダナ』


マズイ。


でも。


まだ、救いはある。


ケースケは、ワタシを見ていない。


いや。


見えていない。


コールも同じ。


ケースケと対話していた時、ラソアもあやちゃんも戦闘形態じゃなかった。


だからワタシも、コールも。


ケースケに存在を知られていない。


見えない。


声も聞こえない。


今は。


それだけが救いだった。



「……ここが、この町で一番古い商店です」


ケースケを真ん中に。


ラソア。


あやちゃん。


三人が並んで町を歩いている。


「ケースケさん!」


店主が笑顔で手を振った。


「今日はお友達と?」


「……ええ」


ケースケも小さく笑う。


「トモダチです」


「そうですか! ケースケさんのお友達なら安心だ!」


「本当に慕われてるんだね」


ラソアが言った。


「……まあ」


ケースケは、いつもの小さな声。


「僕は昔から、この町のことを考えてきましたから」


「なるほどね」


『……』


さっきまで。


こいつの自認の歪みを暴こうとしてた男が。


今は。


何の疑いもなく、ケースケの話を聞いている。


『コール』


『オウ』


『アンタ、さっきケースケと繋がってたよな』


『……』


『ドコマデ分かった?』


コールが少し黙った。


『かなり』


『話セ』



「この先が漁港です」


ケースケが歩く。


町民。


漁師。


店員。


みんな。


ケースケを見ると笑う。


「ケースケさん!」


「こんにちは!」


「今日はいい天気ですね!」


「……どうも」


あやちゃんが周囲を見る。


「いい町ね」


『……』


「みんな仲良さそう」


ケースケが少し笑った。


「……みんな、僕の大切なトモダチですから」


「こういう場所、嫌いじゃないかも」


ワタシの声は。


あやちゃんにはきっと聞こえる。


でも。


今、余計なことを言ったら。


ケースケはワタシの存在を知らない。


この状況を。


まだ利用できる。


『……クソ』


我慢。


今は。


まだ。


『アイツの能力は』


横を飛ぶコールが言った。


『自分の視界に入った人間の認知を弄る』


『……』


『どう弄る』


『「ケースケはトモダチ」』


『……』


『そう思わせる』


ケースケが振り返った。


もちろん。


ワタシたちを見たわけじゃない。


「どうしました?」


「なんでもないよ」


ラソアが答える。


また歩き出す。


『それだけじゃねぇ』


コール。


『見られてる時間が長ければ長いほど、深くなる』


『……』


『最初は』


『なんとなく悪い奴じゃない』


『その程度』


前を見る。


ラソア。


笑ってる。


『そのうち』


『ケースケを信じる』


あやちゃん。


ケースケの横を歩いてる。


『ケースケを守る』


『ケースケの言うことが正しい』


『……』


そして。


『最後には』


コールの声が低くなった。


『ケースケのために生きることが』


『自分の意思になる』


『……』


最悪すぎるだろ。



昼。


三人は、小さな飲食店に入った。


ワタシとコールもついていく。


当然。


店員には見えない。


「ケースケさん、いらっしゃい!」


「……どうも」


「今日はお友達まで!」


「ええ」


「サービスしちゃいますね!」


「……ありがとうございます」


ラソアが料理を食べる。


「美味しいね」


「……昔からある店です」


あやちゃんも一口。


「おいしい」


「……でしょう?」


ケースケ。


少し嬉しそう。


本当に。


ただの。


仲のいい三人に見える。


『……コール』


『ナンダ』


『ケースケだけじゃねぇよな』


『……』


『さっきから』


店を見る。


店員。


客。


窓の外。


通行人。


みんな。


普通。


普通に食べて。


普通に喋って。


普通に笑ってる。


でも。


時々。


あやちゃんを見る。


ラソアを見る。


『なんでコイツら』


『ずっと二人のこと見てんだ』


『……』


コール。


少しだけ。


黙った。


『ソレダ』


『あ?』


『この町』


コールが言った。


『もう全部ヤラレテル』


『……』


「……」


店員。


客。


漁師。


子供。


老人。


『全員、強制KAITOか』


『オウ』


でも。


おかしい。


あやちゃんは。


この町に入ってから。


ほとんど吐き気を感じていなかった。


『弱いんだよ』


コール。


『一人一人は』


『……』


『ケースケの強制KAITOは、表じゃなくて深いところにある』


『だから』


『見た目じゃ分かんねぇ』


『KAITOの気配も薄い』


『……』


『でも』


コールが店内を見る。


『コイツらも』


『少しだけ』


『ケースケの能力を持ってる』


『……ハ?』


その瞬間。


全部。


繋がった。


商店。


漁師。


コンビニ。


子供。


老人。


役場。


飲食店。


タクシー。


ワタシは。


店の外を見る。


向かいの店。


歩いている人。


遠くの漁師。


みんな。


こっちを。


時々。


見てる。


『じゃあ……』


『オウ』


コールが答えた。


『町に入った時点で』


『始まってた』


「……」


ずっと。


見られてた。


ケースケ本人に。


じゃない。


町全体に。



「地方経営って、難しいよね」


店を出て。


ラソアとケースケは。


今度は経営の話をしている。


「……分かってくれますか」


「もちろん」


「東京の人には、なかなか理解されないんです」


「そうだろうね」


『……』


お前。


さっきまで。


人間は自分に都合のいい話ばっかりするって。


言ってただろ。


あやちゃんも。


「ねぇケースケ」


『……』


呼び捨て。


「北海道来る前、もっと怖い人だと思ってた」


「……よく言われます」


「話してみないと分からないものね」


「そうなんです」


『……』


ダメだ。


進んでる。


二人とも。


どんどん。


ケースケの中へ。


『でも』


ワタシはコールを見る。


『ラソアまでやられるカ?』


『……』


『アイツ、あんなバケモンみたいな能力持ってんダゾ』


『地力なら』


コールが答えた。


『ラソアが圧倒的に上だ』


『じゃあ、なんで』


『アイツ』


コール。


『自分からケースケの目を見続けた』


『……』


理解度。


八十二。


九十一。


九十八。


九十九。


思い出す。


ラソアは。


ケースケを理解するために。


ずっと。


あの分厚い眼鏡の奥を見ていた。


『直接』


コール。


『目と目が合うと』


『進行速度が全然違う』


『……』


『しかもここは』


町。


人。


人。


人。


『ケースケの町だ』


『アイツのテリトリー』


『……』


『外で会ってたら』


少し間。


『ラソアが勝ってた』


『……』


『でも』


『条件が悪すぎた』


ラソアを見る。


「ケースケの言ってること、分かるなぁ」


「……本当ですか」


「うん」


『……クソ』


理解度を100%にする前に。


ケースケの方が。


ラソアを。


《トモダチ》にした。



さらに。


時間が経つ。


二人は。


もっと町に馴染んでいく。


「ケースケさん!」


「ケースケさんのお友達?」


「こんにちは!」


「ゆっくりしていってくださいね!」


みんな。


笑顔。


あやちゃんも。


笑う。


ラソアも。


笑う。


ワタシには。


その光景が。


気持ち悪くて仕方なかった。


『コール』


『オウ』


『どうすれば戻る』


『視界から外す』


即答。


『……それだけ?』


『少なくとも』


コールが言う。


『まだ完全に強制KAITO化までは行ってねぇ』


『……』


『ケースケ本人』


『町の連中』


『全部の視界から』


『しばらく外せ』


『そうすれば』


『戻る可能性は高い』


町を見る。


人。


右。


人。


左。


人。


後ろ。


人。


窓。


人。


どこに行っても。


目。


『……無理ダロ』


『だからヤベェんだよ』


「……」


どこか。


ないか。


ケースケから。


町民から。


全部の目から。


一気に。


消えられる場所。


「……」


潮の匂い。


海。


『……海』


『ア?』


港。


船。


その先。


町の外。


海上。


『ケースケの視界から』


『町民の視界から』


『一気に消せる』


『……』


コール。


少し考える。


『イケル』


『でも』


『どうやって』


あの二人を。


見る。


あやちゃん。


ラソア。


二人とも。


今は。


ケースケのトモダチ。


説得。


無理。


だったら。


『……』


一つ。


ある。


かなり。


雑だけど。


『コール』


『ナンダ』


『チャンス待つぞ』


『……』


『一発で』


『二人とも』


『ケースケの視界から消す』


『ギャハハ……』


コール。


少しだけ。


いつもの笑い方。


『オモシロクナッテキタナ』


『笑ってる場合じゃネェ』



そのチャンスは。


思ったより。


早く来た。


「ここが港です」


ケースケが言った。


「……この町は、海と一緒に発展してきました」


「へぇ」


港の先。


海。


船。


ケースケ。


町民。


人は。


それなりにいる。


でも。


海へ出れば。


視界は切れる。


『……コール』


『オウ』


今。


「ケースケ」


あやちゃんが海を見る。


「向こうは?」


「……船着場があります」


「見てみたい」


「いいですよ」


ケースケが歩き出す。


あやちゃん。


その横。


ラソア。


距離。


近い。


いける。


『あやちゃん』


「ん?」


『ゴメン』


「え?」


身体。


奪う。


「――っ!?」


主導権。


ワタシ。


久しぶり。


でも。


動く。


この身体。


ワタシの身体。


地面を蹴る。


「おい!」


ラソアが振り返る。


遅い。


「彩花?!」


『歯ァ食いしばれェ!!!』


「は?」


ドンッ!!!


全力で。


ラソアへ。


タックル。


「うわっ――!」


そのまま。


二人。


柵。


越える。


「何を――」


ケースケ。


初めて。


少し。


声が大きくなった。


落ちる。


海。


バシャァァァン!!!



冷たい。


でも。


関係ない。


ラソアを掴む。


『コール!!!』


『オウ!!!』


コールが飛んでくる。


『右!!! 船着場!!!』


泳ぐ。


あやちゃんの身体。


体力。


ない。


クソ。


『動け!!!』


自分に言う。


ラソア。


重い。


『お前も泳げ!!!』


「……」


反応。


鈍い。


まだ。


ケースケが効いてる。


『クソが!!!』


引っ張る。


泳ぐ。


町。


遠くなる。


人。


見えなくなる。


ケースケ。


見えない。


もっと。


もっと。


もっと。


そして。


古い船着場。


町の端。


誰も。


いない。


『上がれ!!!』


ラソアを押し上げる。


自分も上がる。


「はぁ……!」


主導権。


返す。


「……っ」


あやちゃんが地面に倒れた。


ラソアも咳き込む。


「……ゲホッ」


『ラソア!!!』


コール。


『起きろ!!!』


「……」


「……何」


ラソア。


頭を押さえる。


「僕……」


目。


変わった。


「ケースケ……?」


『戻ったか?!』


「……」


少し。


沈黙。


「……ああ」


顔が歪む。


「クソ」


『ギャハハハハ!!! オカエリ!!!』


「笑うな」


「……」


あやちゃん。


目を開ける。


「……彩花」


『オウ』


「何したの」


『海に落とした』


「……は?」


『アンタとラソア』


「……」


「……最悪」


『助けたンダ!!!』


「服びしょびしょ」


『そこかヨ!!!』


でも。


あやちゃんが。


少し止まる。


「ケースケ」


『……』


「……敵だ」


『ヨシ』


戻った。



一方。


港。


ケースケは。


海を見ていた。


「……」


町民。


集まってくる。


「ケースケさん?」


「どうしました?」


「お友達は?」


「……」


ケースケ。


眼鏡を直す。


怒ってない。


焦ってもない。


ただ。


少しだけ。


困ったみたいに。


「おやおや」


呟いた。


「逃げちゃいましたか」


「……」


町民たち。


静か。


ケースケが。


振り返る。


「すみません」


「……」


「僕のトモダチが」


少し。


笑う。


「迷子になったみたいです」


「……」


「みんなで」


「探してあげてください」


町民たちが。


一斉に。


笑った。


「はい」


「もちろんです」


「ケースケさんのトモダチですもんね」


「見つけてあげないと」


「一人じゃ不安でしょうから」


そして。


町全体が。


動き始めた。


――第十四話「町経営」 終

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