第16話 小型魔物対応
第16話 小型魔物対応
町の外壁沿いを歩く依頼は、思ったより地味だった。
ラウノ町の外側には、低い草地と畑、その先にまばらな林が広がっている。壁のすぐ近くは踏み固められているが、少し離れると獣道と人の足跡が混じり、どこからが安全圏なのか曖昧になる。見回り補助の仕事は、その境目を歩き、魔物の痕跡や壊れた柵、異常な足跡を見つけたら報告することだった。
討伐依頼というより、町外の確認作業だ。Eランクでも参加できる理由は分かる。見つけて戻るだけなら、危険度は低い。ただし、戻る前に魔物と鉢合わせすれば話は別だ。
「町の外ってだけで、空気が変わるな」
『はい。人間の生活圏と魔物の行動圏が近接しています。外壁はありますが、完全な遮断ではありません』
「外に畑がある時点で、まあそうだよな」
俺は木棍を軽く握り直した。
勇者の剣(笑)。正式名称にした覚えはないが、クラの記録上はそうなっているらしい。形状は完全に木棍だ。圧縮して重くしただけの、黒っぽく硬い棒。刃も飾りもない。だが、今の俺にはそれで十分だった。
今回の見回りは俺一人ではない。ギルドから同行しているのは、槍を持った若い冒険者と、弓を背負った中年の冒険者だ。二人ともEランクではなく、少し上のランクらしい。新人を含めた外縁見回りでは、こういう組み合わせにするのだろう。
槍持ちの若い男は、俺の木棍をちらちら見ていた。
「それは、どうなのか?」
「重い」
「いや、そうじゃなくて、武器としてどうなんだって話だよ」
「当たれば痛い」
若い男は一瞬黙り、それから苦笑した。
「まあ、そりゃそうか」
弓持ちの中年は余計なことを言わなかった。俺の立ち方や歩幅を見ている。武器の形より、動きの方を確認している目だ。こういう相手の方が面倒だが、悪い感じはしない。たぶん、見回りで新人を死なせないために見ている。
林の手前に近づいた時、弓持ちが手を上げた。
「止まれ」
全員が足を止める。
草むらが揺れていた。風ではない。低い唸り声。灰色の背中。黄色い目。見覚えのある犬系の小型魔物が、林の陰から三体出てきた。俺が町へ来る前に倒したファングドッグに似ている。いや、たぶん同種だ。
「ファングドッグか」
弓持ちが呟いた。
正式名称か、ギルドでの通称かは知らないが、クラの仮称と一致した。分類としては間違っていなかったらしい。
「数は三。若いの、前へ出すぎるな。レン、お前は右を押さえろ。討伐補助だ。無理に突っ込むな」
「分かった」
無理に突っ込む気はない。
相手が小型でも、魔物は魔物だ。犬に似ているからといって、地球の野犬と同じではない。牙は太く、前脚の筋肉も強い。噛まれれば肉を持っていかれる。毒がないとも限らない。慌てる理由はないが、舐める理由もない。
一体が低く身を沈めた。
槍持ちが構える。弓持ちは矢を番える。俺は右足を半歩引き、木棍の先をやや下げた。真正面から振りかぶる必要はない。飛びかかる相手には、軌道を潰せばいい。
最初に動いたのは、右の個体だった。
草を蹴り、俺の太腿を狙うように低く飛び込んでくる。俺は一歩だけ横へずれ、木棍の先を斜めに落とした。頭ではなく、肩口。骨と筋肉がぶつかる位置を潰す。重い音がして、魔物の体が地面へ叩きつけられた。
まだ動く。
俺は踏み込み、二撃目を首の後ろへ落とした。骨が折れる感触。そこで止まる。
「一体」
『処理確認』
「黙ってろ」
小さな声で返す。
左では槍持ちが一体を突き止めていた。少し腰が引けているが、槍の長さを活かして距離を保っている。悪くない。中央の一体は弓持ちの矢を肩に受け、動きが鈍ったところを槍で押さえられている。
残った中央の個体が、槍を嫌って横へ跳ねた。
俺の方へ来る。
木棍を横に構え、踏み込みを合わせる。相手の速度に逆らわず、鼻先をかすめるように軌道をずらし、胴へ打ち込む。飛び込んできた勢いと木棍の重さが重なり、ファングドッグの体が横へ折れた。
倒れたところを、弓持ちの短剣が喉を裂いた。
「終わりだ」
弓持ちが周囲を確認する。俺も林の奥へ視線を向けた。追加の気配はない。クラからも警告はない。肩の丸い小鳥は、外向きにはじっとしているだけだが、内部では周辺確認を続けているはずだった。
槍持ちの若い男が、俺と木棍を見比べた。
「……本当に当たると痛いどころじゃないな」
「重いからな」
「あれ、普通に持てるのか?」
「持てるから持ってる」
「そりゃそうだけどよ」
弓持ちは魔物の死体を確認しながら、ちらりと俺を見た。
「慌てなかったな。距離の取り方も悪くない。元傭兵ってのは本当か」
「それに近いことはしていた」
「人間相手が嫌になったって?」
「魔物の方が分かりやすい」
弓持ちは短く笑った。
「分かる気はする」
その反応で、俺の中の偽装が一段階馴染んだ気がした。完全な嘘ではない。俺は本当に、人間相手の面倒ごとにうんざりしている。魔物の方が分かりやすいという言葉も、本音だ。
ファングドッグの死体は、今回はギルドへ持ち帰ることになった。素材価値は高くないが、魔石と牙、毛皮の一部は記録に使えるらしい。俺は収納を使わず、普通に脚を縛って運ぶ。重さは大したことがない。だが、あまり軽々持ちすぎるのも目立つので、適当に担いだ。
町へ戻ると、門番が死体を見て頷いた。
「外縁に出てたか」
「三体だ。林の手前に」
「また増えてきたな。ギルドに報告してくれ」
ギルドへ戻り、弓持ちが代表して報告した。俺も聞かれた範囲で答える。遭遇位置、数、動き、怪我人なし、追加気配なし。余計なことは言わず、見たことだけを伝える。
受付員は帳簿に書き込みながら、俺を見た。
「初めての外縁対応で、落ち着いて動けたそうですね」
「相手が小型だったからだ」
「それでも、慌てる新人は多いです。倉庫整理、解体場補助、井戸修理、今回の見回り補助。依頼主からの評価も悪くありません。報告も簡潔で分かりやすいです」
「それはどうも」
褒められると、嫌な予感がする。
受付員は俺の冒険者証を確認し、少し考えるように目を伏せた。
「規則上、すぐにとはいきませんが……レンさんの場合、Dランク昇格の検討対象には入ると思います」
「早くないか」
「実績だけならまだ少ないです。ただ、完全な素人ではないことは確認できています。体格、戦闘時の落ち着き、武器の扱い、依頼達成率、報告。総合判断です」
Dランク。
便利になる。受けられる依頼が増える。町での信用も上がる。
同時に、面倒も増える。
『昇格は信用確保に有効です。ただし、町内拘束リスクも上昇します』
「分かってる」
俺は小さく返しそうになり、寸前で止めた。受付員の前だ。危ない。代わりに、肩のクラを指で軽く押す。
「静かにしてろ」
「ピ」
受付員は、また俺が従魔に話しかけたと思ったらしい。少し笑ってから、報酬を差し出した。
「お疲れさまでした。今日はゆっくり休んでください」
「肉が食える店はあるか」
「肉ですか?」
「できれば焼いたやつ」
受付員は少し考え、中央広場の南側にある食堂を教えてくれた。肉は高いが、串焼きなら手が届くらしい。
報酬の使い道は決まった。
小型魔物対応は、危険度が低いとはいえ、町の外で戦う仕事だった。雑用よりはずっと冒険者らしい。俺の表向きにも合う。
そして何より、棚や井戸より、魔物の方が断然分かりやすい。
俺は木棍を担ぎ直し、肉の匂いがする方へ歩き出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます