第2話 幽士 ~ユメシ~
異形体の腕が、ジャンクへ
振り下ろされる。
ジャンクは頭を両腕でかばい、
身を縮めている。
ガキィィン!
ジャンクと異形体の間に
直刀が割って入り、
異形体の腕を直刀が受け止める。
ジャンクの肩には擦り傷があり、
薄く血が滲んでいる。
ジャンクが恐る恐る顔を上げる。
ジャンクの前に立つ少女──タオ。
小柄な身体で異形体と向き合い、
直刀を構えている。
その表情に恐怖はない。15歳。
ダボついたTシャツに丈の短い
ジャケットを羽織り、 ひざ丈の
カーゴパンツにジャングルブーツ。
腰には低い位置で剣帯を巻き、
一本の直刀を帯びている。
身につけているものは、
この残滓街で見かける上層から
廃棄された衣服を組み合わせたもの。
その中で、
直刀の赤い柄だけが目立っている。
異形体の腕とタオの
直刀がぶつかり合う。
タオは力で押し返そうとはせず、
足を軸に身体の重心を
低く保ちながら異形体の力を
受け流している。
異形体の別の腕が攻撃してくる。
一気に間合いを
詰めてくる異形体。
腕からは、太いムチのような
触手が不規則に伸びる。
タオ、鍔迫り合いになっていた
異形体の腕を直刀で払う。
そのまま身体を回転させる。
異形体、身体を大きくひねり、
別の腕を横薙ぎに振るう。
タオ、身を低くしてかわす。
異形体の腕がタオの頭上を
唸りながら通り過ぎる。
タオ、そのまま軸足を残して半回転。
二本の腕の間を抜け、
異形体の懐へ入る。
異形体の動きが止まる。
眼を丸くしているジャンク。
異形体の口から体液が
ゴフッと流れる。
タオの剣が異形体の腹を
貫通して背中から突き出ている。
タオと異形体の動きが止まる。
下水道内が一瞬、静かになる。
ジャンクの「え⁉」
という驚きの声が響く。
タオの眼が見開かれる。
白目が黒く染まり、
黒い瞳が赤く光る。
異形体の眼も同じように
変化する。トランス状態。
タオ 「
異形体の身体が小刻みに
震え始める。
ジャンクが息を呑む。
異形体の口から──
ブフォッ!
大量の体液が吐き出される。
タオは表情を変えない。
異形体の口から幼体が
吐き出される。
拳ほどの大きさ。
丸みを帯びた身体に、
短い手足と尻尾がついている。
目はなく、身体にはヌメリがある。
体液の尾を引きながら下水に落ちる。
下水へ落ちた幼体は、
短い手足と尻尾をくねらせながら
這うように進む。
幼体は目はないそれでも、迷うことなく
ジャンクへ向かっていく。
タオ 「次の
振り向くタオ。
タオの眼が元に戻る。
ジャンク尻もちのままあとずさる。
幼体がジャンクへ飛びかかる。
一瞬のところで、幼体に剣が突き刺さる。
ギャアア!
という高い耳障りの悪い音域の声が響く。
剣を刺したのは、
前時代の古着の軍服をきた
初老の男ロッド。
鼻下には白い立派なヒゲ。
常に冷静そうな振る舞いと静かな眼。
ロッド、剣に刺した幼体を麻袋に入れる。
袋の紐を閉じる。
ロッド 「無事ですか?」
ジャンクに話しかける。
ジャンクは目を丸くしたまま何度も頷く。
ロッド 「70点ですね…タオ。」
タオに麻袋を渡す。
袋には一文字、凡字のような紋様が
入っている。
タオ 「え~なんでぇ?」
ロッドから麻袋を受け取りながら
不満を言う。
ロッドは小さく息を吐き、
ヤレヤレ頭を掻く、
何か言おうとしたところ。
タオ 「ロッド!」
タオ、ロッドの背後を指さす。
ロッドが振り返る。
ジャンク 「ウウウ……」
ロッドの背後で、ジャンクが
肩を押さえて苦しみ始める。
先ほど異形体に触れられた肩の傷。
傷口の周囲が異様に赤く腫れ上がり、
皮膚が脈打つように変化している。
タオとロッドが駆け寄る。
ロッドが傷を見て、ロッドの表情が
わずかに険しくなる。
ロッド「
「タオ、この青年の荷物を」言いながら
ジャンクを背負うロッド。
タオ、ジャンクの持つキノコの入った
リュックを持つ。
下水道から帰路につく後ろ姿。
ロッドがジャンクを背負い、
タオがその後ろをついて歩く。
二人の先に下水路の出口が
明るく見えてくる。
団地が並ぶ残滓街地。
ある一棟の団地。
1階は商店が並ぶ。
その並びに他の商店に比べると
半分ほどしか間口のない小さな店がある。
古びた店構えで、とても簡素な店構え。
看板には「
看板の脇には、麻袋に描かれていたものと
同じ抽象的な紋様がある。
大名が書面にサインのように書いた
「花押」のイメージ。
「幽」をデザインしたイメージ。
ナレーション、
「
残滓街で起きる怪異を鎮«しずめ»へ導く者。
普段は薬草や民間薬を扱う
幽屋«ゆめや»という薬屋を営んでいる。」
店の中。入口付近には接客用のカウンター。
その奥の壁には、大小さまざまな薬瓶や乾燥
させた薬草の入った容器が並ぶ薬棚。
カウンター脇には薬研や乳鉢など、漢方薬を
調合するための道具も置かれている。
一見すると、古い薬屋のような店内。
その奥には、ついたてで区切られた
診療所がある。
診療台に寝かされたジャンク。
ロッドがジャンクの肩の傷を確認する。
ロッドは、幽屋の看板に描かれているものと
同じ幽の花押のような紋様が墨で記された
白い和紙を、傷口に貼る。
ロッドはその上から、九字を切るような
独特の手つきで
苦しそうに荒れていたジャンクの呼吸が、
少しずつ落ち着いていく。
タオ 「ロッド…この人、浸食された?」
ロッド 「いえ、あの
成体ではなかったからこの札で
大丈夫でしょう。」
タオ、ほっとした表情を見せる。
そして無意識に、自分の右腕へ
目を落とす。
腕まくりをした右の前腕には、大きな
稲妻状のケロイドのような傷跡
が残っている。
タオにも穢«ケガレ»の穢気«エンキ»に
浸食された過去がある。
処置がわずかに遅れたため、
穢気を完全に鎮めることができず、
微量の穢気が身体に残った。
その影響で、タオはロッドと
同じ
持つようになった。
診療台で眠っていたジャンクが目を覚ます。
身体を起こそうとするが、肩には
まだ痛みが残っている。
ジャンク 「ここは?」
タオ 「
ジャンク 「
ジャンクがゆっくり身体を起こし
周囲を見回す。
見覚えのない薬棚や診療道具。
自分が下水道から
運ばれたことを思い出す。
タオ 「
ジャンク 「
あ、あぁ…噂は聞いたことがある…
ホントにいるんだ…」
ジャンクの視界に、少し離れたところに
置かれた自分のリュックが入る。
ジャンク「あ! そうだッ」
リュックに手を伸ばそうとする。
途端、肩に走る痛み。
ジャンク「いててっ!」と
肩を抑えてうずくまる。
ジャンク 「仕事なんだ…
キノコ持ってかなきゃ…」
タオ 「まだダメ。
ちゃんと動けるようになるまで寝てて。
浸食が深くなるところだったんだから」
ジャンク 「し、浸食って?…何⁉」
ジャンク目を丸くする。
タオ 「浸食が進むとさっきの異形より
下等な生き物に変体するんだよ」
ジャンクの脳裏に、
下水道で遭遇した異形の姿が蘇る。
ジャンク 「お、おやすみ…」
ジャンク(M) 「アレより下等って…」
ガクガク震えて布団をかぶって寝る。
タオ 「うん。今は休んだ方がいいよ。
ジャンク」
タオが診療室から出ていく。
布団をかぶっているジャンクが一人残る。
ジャンク(M) 「地下最下層…
残滓街ってどうなってんだ…。」
ジャンク(M) 「人の廃棄場所じゃないか…」
ジャンク(M) 「上層階に帰りたい…。」
ロッドの作業部屋にタオが入ってくる。
ロッドは乾燥した幼体を薬研で
すり潰している。
ロッド 「眼を覚ましたようですね」
後ろも確認しないで背後がわかる感じ。
薬研の中にはベージュ色の細かな粉末。
作業場の棚には、ガラス容器に入った
乾燥した幼体や粉末、
薬草などが並んでいる。
生物や化学の実験室を思わせる
道具の中に、札の入った引き出しも並ぶ。
壁には、乾燥させた幼体が何体も
吊るされている。
タオ 「ウン。わりと元気だった。」
「70点…彼を犠牲にするとこだった…って
ことだね。」
ロッド 「…見えていない所に
気を張ることです。」
タオ 「ウン…。」
「墨を作るの?」
タオが薬研の中を覗き込む。
ロッド 「はい。全然足りないですからね。」
タオ 「お札だね!オッケー、手伝う!」
威勢よく腕まくりをするタオ。
ロッド、目を閉じ振り返らず口の端だけで
笑った表現。
診療所。
寝ているジャンク。
外から子供の遊ぶ笑い声が聞こえる。
子供A,B 「わぁーッ!」
子供C 「待てよー!」
ジャンク 「子供…か」
最下層エレベーター前で子供が
走り過ぎたことを思い出す。
ジャンク「…子供も、いるんだな」
「…ここにも、ちゃんと暮らしがあるのか」
ジャンク、痛みに耐えながら起き上がり
診療台のフチに腰掛け踏ん張り
立ち上がろうとする。
痛み堪える表情と手を伸ばす手が震える。
少し離れた棚のキノコの入った
リュックを掴む。
また診療台のフチに座り、
取ったリュックを
両手でギュッっと抱きしめる。
ポタリとリュックに落ちる涙。
ジャンク「返しに行かなきゃ」
子供が追いかけっこのように笑いながら
走り過ぎていく。
タオ「ジャンクー! ご飯できたよ!」
風景にタオの声だけ響く。
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