第4話
「──だから、この thatは文中の Officeを言い換えてる」
「なんで、オフィスって言い続けないわけ。同じ意味なのに」
「英語は同じ単語の繰り返しを嫌うから、すぐ言い換えてくるんだ。そういうものとして覚えておくしかないよ」
「ええ~なんだそのわかりにくい仕組み」
『めんどくせ~』と言いたげに、香椎は眉を寄せた。
カフェへ入ってから、気づけば一時間ほど経っていた。俺は英語テストの答案を広げ、間違えた問題を一つずつ説明している。
最初はSVOが何なのかも分かっていなかった香椎だったが、説明すると予想外なくらいすんなり理解した。勉強していないから分からないだけで、勉強そのものが苦手なタイプではないらしい。
「あとは単語が全然覚えられてないから、家で自習したほうがいい」
「はーい」
気のない返事をしながら、香椎は頬杖をついてルーズリーフに間違えた問題と答えを書き写していく。
「でも助かった。学校の授業よりずっとわかりやすい。泉、やっぱり教えるのうまいよな」
「……やっぱり?」
その言い回しが引っかかって聞き返すと、香椎はペンを動かしたまま頷いた。
「中学の時、数学教えてもらったことある。テスト採点しあう授業があって、その時に」
その一言で、ぼんやりと記憶がつながった。
小テストを隣の席と交換して採点する授業があった。そういう日は座席が名前順に変わるから、香椎が隣になることがあったのだ。
いつもなら香椎の周りには男子も女子も集まっていて、賑やかに話している。俺は採点したテストを返して終わりだった。
でも一度だけ。
「これ、なんで答えが15になんの?」
そう聞かれた日があった。
たしか、その日は香椎の周りにいつもいるメンバーがインフルエンザで休んでいて、教室が妙に静かだった。香椎は話し相手がおらず、暇だったのだろう。俺が式を書きながら解き方を説明すると真剣に聞いていて、そのあと少しだけ雑談をした。
思い返してみれば、中学時代に香椎と一対一で話したのは、あれが最初で最後だった。
「よく覚えてるね」
そう言うと、香椎はルーズリーフから顔を上げた。
「テスト何位だったって聞いたら、『一位』って平然と言われてさ。スゲー天才じゃんって思った。天才が猫のペンケース使ってて意外だったのと、数学の時だけシャーペン変えてたのも覚えてる。あれなんで使い分けてんの?」
「……計算多いと手が疲れるから、書きやすいのにしてた。ほんと、よく覚えてるね」
そこまで記憶に残っているとは思わず、少しだけ気恥ずかしくなる。
「俺のテスト見ても全然バカにしないから、泉のことはちゃんと覚えてる。間違った問題に『惜しい』とか書いてくれて」
香椎はどこか嬉しそうにそう言った。
見た目とのギャップを感じる。
というより、本当に記憶力がいいんだなと感心した。
(勉強もやる気になれば伸びるだろうな)
そんなことを想っていると、店員さんが近づいてくる。
「お待たせしました。チーズケーキです」
ケーキの載った皿と小皿が、俺たちの前へ置かれる。
「頼んでたんだ」
「勉強頑張ったご褒美。泉にも半分やる」
香椎はフォークで器用に半分に切り分けると、小皿へ乗せて渡してくる。
「あ、ありがとう」
一口食べると、濃厚なチーズの味が口に広がる。
甘いものはそこまで食べないけれど、疲れた頭にはちょうどよかった。
「泉、明日も会える?」
「明日も!?」
ケーキの余韻をかき消す香椎の唐突な申し出に、俺は思わず声が大きくなる。
「無理?」
こちらを伺う顔が、どこか残念そうに見えてしまう。
勢いのまま「無理無理!」と言いそうになって、俺は慌てて飲み込んだ。
「塾と生徒会ある日は厳しい……から、会うなら今日と同じ木曜がいい」
「じゃ、これからは木曜に会うってことで」
香椎は表情を明るくすると、まるで最初から決まっていたことみたいな口ぶりで言った。
俺は反論する間もなく頷いてしまい、チーズケーキに視線を落とす。
(毎週会うことになっちゃった……)
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