一人の少女の不登校の物語。
ただ、これは今の日本が抱えている問題そのものなのではないかと思う。
学校では、同調圧力によってみんなと同じように振る舞うことを求められる。
グループワークでは「意見を言って」と迫られる。
本来なら自発的な学びを促すための取り組みだったはずなのに、それが学力評価の問題にすり替わってしまえば、うまく声を出せない子どもは「怠け」「ずるい」と評価されてしまう。
家に帰れば、心配する母親から「いつになったら学校に行くの?」と問われる。
母親は決して冷たいわけではなく、むしろ娘を心配している。それでも、親も子も余裕を失えば、互いの苦しさが見えなくなってしまう。
学校に行けない。
人と話せない。
明日が怖い。
そこに今なお根強く残る「頑張ればできる」「逃げてはいけない」的な根性論。
親もまた、「どうすればいいのか分からない」という社会の中に置き去りにされている。
子どもだけでなく、大人も追い詰められている今の日本が主人公の姿を通して浮かび上がってくるようだった。
だからこそ、月の光を通して届いた一本の電話が胸に残る。
必要だったのは、正しい答えでも学校へ戻すための言葉でもなく、「同じ月を見ている誰か」と他愛のない話をすることだったのかもしれない。
「怖かった明日」が「待ち遠しい明日」に変わるラストはとても優しい。
子どもたちが声を失わずに済む社会とは何なのかを考えさせられる作品だと思う。