第3章 悪役令息、裏稼業の大きな依頼 ③
朝食を済ませると、さっそくネストレイに呼び出された。幻惑魔法で王太子の姿に変わり、指示された部屋の前へ行く。
「では、本日からお願いいたします」
扉の前で待ち構えるネストレイの笑顔が怖い。原作がらみでも怖いけれど、それ以上に、こいつ自身の王太子への敬愛が怖い。
昨日の王太子教育は思いが高まりすぎて、少しの妥協も許してくれなかった。『王太子はもっと凜々しい顔をします』とか『もっとスマートに動きます』とか、本当にうるさかった。ネストレイの前で少しでもミスをしたら、柱の陰でネチネチと嫌味を言われそう。
もうこれ以上、ヘマはしないぞと気合いを入れ直す。
「こちらこそ、報酬に見合った働きをすると約束しよう」
整った王太子の容姿で言うと、何だかすごく様になる。なんだこれ、ちょっと楽しいかも知れない。
グレンがふくらはぎを軽く蹴ってきた。何だよ、どうせやるなら楽しんだ方がいい。
「ええと、護衛騎士の君。足癖悪いみたいだね」
王太子の顔で言ってやると、あからさまにグレンが嫌そうな顔をした。
「余裕ぶってると、痛い目見ますよ。ほら、集中」
「なんだよ、ちょっとくらい良いだろ」
ぶつくさ言いながら、姿勢を正す。
「二人とも準備は良いですか。今から挨拶してもらいますからね」
挨拶? 誰に? 王太子に会いに来た客人だろうか。
そう問いかける前に、ネストレイによって扉が開けられた。奥には天蓋のベッドが置かれ、薄い布越しに人影が見える。
ベッドにいるということは、客人の線は消えた。では逆に、王太子の見舞いを待っている病人だろうか。
そんなことを思いながら、先導するネストレイの後に続く。
「おはようございます、殿下」
ネストレイがハキハキとした口調で挨拶をした。
えっ、今なんて?
「おはよう。ところで、その者達は誰だい? ここへはお前と世話人以外入るなと言ってあったはずだけれど」
寝起きのせいか、少しかすれた声。でも、ものすごく聞き覚えのある声がした。
突然の成り行きに驚きすぎて固まっていると、ネストレイがグイッと腕を引っ張ってきた。
「大変申し訳ありません。実は療養中、この者に身代わりをしてもらうことにしましたので、そのご報告に参りました」
ネストレイによって、ベッドの正面に引き出される。そして、ベッドの人物と対面してしまった。
そう、非情に残念だが、そこにいたのは王太子であるアレクシス殿下だった。
聞いてない、本人に会うだなんて!
思わず縋るようにグレンの方を見る。グレンは視線に気が付くと、またふくらはぎを蹴ってきた。無言だが『ほら、痛い目を見た』と伝わってくる。こんな以心伝心身につけたくなかった。
「ほう、そっくりだ。なるほど、どうにかすると言っていたがこういうことか」
上半身を起こした状態のアレクシス殿下は、療養中というだけあり顔色が悪い。学園で見かけたような覇気もなく、本当に体調は思わしくないのだろう。
「本日は隣国の駐在大使と昼食会があります。急にキャンセルすれば、変な憶測を生みかねません」
キャンセル理由を勘ぐられることで、体調不良が明るみに出ることを恐れているのだろう。慢性的な不調があるなど、為政者の資質としては大ダメージだ。
「確かに、どんな報告を国にされるか分からないから、あまり弱みを見せたくはないね」
「ですから、本日から一週間、この者が殿下として働きます。殿下はゆっくり療養してください」
ネストレイが懇願するように頭を下げる。本当に心配なのだろう。
「……仕方ないね。そこの二人、こちらへ来てくれ」
殿下がフィオレンツォとグレンを手招きしてきた。
近寄りたくはないが、さすがに断れない。しぶしぶ殿下の横へと移動する。
「君たち、魔法を解いて、正体を見せてもらえないか?」
「はっ? 嫌ですよ」
思わず反射で断ってしまった。ネストレイが鬼のような形相で睨んでくる。
「ふふ、自分に断られるって変なかんじがするね」
「いや、あの……決して殿下を愚弄しているわけではなく……、危ない仕事なので、本当の姿をさらしたくないと、いいますか」
しどろもどろに言うも、殿下が引く様子はない。
「でも、わたしは療養が必要だという一番重大な秘密を知られてしまった。君たちの秘密も教えてもらわないと、安心出来ないよ」
確かに殿下の気持ちを考えれば、一方的に弱みを握られていると感じてもおかしくはない。だが、こちらとしてもちゃんと契約を交わして、しかもスパルタで王太子教育まで受けたのだ。何も取引としておかしいところはないはずだ。
しかし、殿下はじいっとフィオレンツォを見つめたあと、横のグレンを見つめ始めた。グレンは何だか居心地が悪そうに身じろぎをしている。
「いいよ、言わなくても。もう君たちが誰か分かったから」
殿下の視線の圧がふっと消える。
「わ、わかった……?」
「君、フィオレンツォ・モランドだろう」
どうして見抜かれているんだ!
じろじろと見て、それだけで分かったのか? 殿下が優秀な人だとは知ってたけど、もはや人外じみてる。
だが、ずばり指摘されたとしても、素直に認めるわけにはいかない。
「違います、誰ですかそれ」
「そういうの時間の無駄だから。だって、隣にいるのがグレン君だからね。学園内で何度かすれ違ったことがあるから間違いない」
アレクシス殿下がグレンを指した。
グレンは嫌そうに眉間に皺を寄せると、大きなため息を付いた。
「やっぱり、見抜かれたか……。ボス、すいません。俺のせいです」
「まさか、魔力を判別されたのか?」
「おそらく」
グレンが悔しそうに視線を下に向けた。
幻惑魔法は万能に見えて、実は万能ではない。魔法に精通した相手には通じないのだ。
この世界の人間は魔力を持って生まれてくる。極まれに魔力無しや、病気や怪我で無くすものはいるけれど。そんな世界において魔力は、個人を特定するものなのだ。前世で例えるならば、指紋やDNAみたいなイメージだろうか。
幻惑魔法で姿を変えても、魔力までは変えられない。だから魔法を熟知している人には違和感を与えてしまい、なりすましていると勘づかれてしまうのだ。ただ、個人まで特定できるレベルの人は滅多にいない。
「フィオレンツォ君だけだったら、分からなかったよ。なんの揺らぎもないからね。君、もしかして魔力ないの?」
殿下が容赦なく核心をついてくる。
そう、フィオレンツォは魔力がないから、幻惑魔法が生きる。漏れ出す魔力がそもそもないから、違和感を与えないのだ。
だからこそ『記憶の仕立屋』は、危険は多くともフィオレンツォがなりすましを担当し、グレンは補助に徹していた。あとは単純に、やろうと言いだしたのがフィオレンツォで、巻き込まれたのがグレンだったからという理由もあるけれど。
「どうやら、もう隠しきれないみたいですね。グレン、魔法を解いてくれ」
フィオレンツォは心の中で白旗を振る。
そして、幻惑魔法が解け、アレクシス殿下の前にフィオレンツォとグレンの姿で立つ。
「こんな間近で会うのは、初めてだね。どうしてだか、フィオレンツォ君はわたしのことを避けていたようだから」
体調が悪い癖に、ちくちくと突いてくるではないか。
「どうしてだか、殿下とはタイミングが悪いようで。いやはや、僕としてもとても残念に思っていたんですよ」
学園内ですれ違いそうになれば、隠れ、幻惑魔法でやり過ごし、茶会の誘いは用事があると断り続けたのはフィオレンツォだけれど。それを正直に言うわけもない。
「ふふ、面白いんだね、君は」
「……体調が悪いのですから、横になられた方がいいのでは?」
要約すると、さっさと寝ろ、無駄に絡んでくるな、だ。
何なんだ、微笑した挙げ句『面白いんだね』って。背筋に寒気が走ったぞ。そういうのは興味のある令嬢に言ってあげればいい台詞だ。
「心配までしてくれるのか。優しいなぁ、ますます気に入っちゃうよ」
殿下の追撃のような甘ったるい台詞。
これ、もしかしてからかってるのでは?
ふと思い至り、フィオレンツォの眉間にぐっと皺が寄る。
「別に心配してるわけじゃないですが、殿下の顔色が悪いのは事実です。本当は起きているのも辛いのでしょう? もうお互い弱みを見せ合ったわけですから、さっさと寝てください」
体を張ってまで、優位に立とうとするなんて。王太子という立場ゆえだろうか。臣下に見くびられてはならないと、無意識に思っているのかも知れない。
フィオレンツォの言葉を聞いて、王太子の微笑が消えた。同じ年の青年らしい、きょとんとした表情だった。
「へぇ、本当に面白いね君。じゃあ、お言葉に甘えて寝るとするよ。公務の方は君に任せたからね」
「はい。依頼はきちんと遂行します」
胸に手を当て、頭を垂れる。
「約束だよ。もし出来なかったら……処刑どころじゃすまないから気をつけてね」
「えっ、処刑?」
思わぬ言葉に、フィオレンツォの声が裏返る。
「ふふ、そうならないように頑張って」
「あの、えっと、契約書にはそのような————」
慌てて抗議の声をあげるも、いつの間にやら横に来ていたネストレイによって、部屋の外へと引きずり出される。
「殿下が言うのなら絶対です」
「で、でも」
「でもじゃありません。このまま殿下の眠りを妨げるつもりですか? そのような蛮行、死刑ですよ」
おい、王太子以上に怖いこと言ってくるじゃないか。
本当に何なんだよ、この主従は!
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