第22話 旅行・2
カフェでの休憩を終えたあと、四人は夕暮れの旧市街を抜け、丘の上にそびえる灯台へと向かった。石段を上るにつれて潮風が強まり、茜色に染まった空と海が視界いっぱいに広がっていく。
「わ、もうすぐ点くんじゃない?」
ウルが声を弾ませた頃、太陽が完全に水平線へと沈み、辺りが藍色の薄闇に包まれ始めた。それを合図にしたかのように、灯台の頂で光がふわりと灯る。
「ついた……!」
白い灯台の壁面に、暖かなオレンジ色の光が浮かび上がった。回転する光の筋が、規則正しく夜の海を撫でていく。麓に集まった観光客たちから、小さな歓声とため息が漏れた。
「ルクセアで一番古い灯台なんだよね。なんか、それっぽい重みあるね」
アレクトが灯台を見上げながら呟くと、ネイトが小さく頷いた。
「今も現役で船を導いてるらしいよ。あの光の周期、ちゃんと意味があるんだって」
「へー、詳しいなぁ」
「これは、さっき案内板に書いてあっただけ」
ネイトが照れくさそうに付け加えると、ウルが小さく笑った。
四人はしばらくの間、光の帯が暗い海面を規則的に横切っていくのを、言葉少なに眺めていた。潮騒と、遠くで響く誰かの笑い声。石段に腰掛けたまま、ティシは灯台の光が一巡りするたびに、胸の奥が静かに満たされていくのを感じていた。
「……そろそろ、お腹空いてきたね」
しばらくして、ウルの呟きに全員が顔を見合わせ、小さく笑い合う。
灯台のライトアップを見終えた頃には、すっかり日が暮れていた。
ホテルに戻ると潮風に混じって、ほのかに焦げた香ばしい匂いが漂ってくる。
「お待たせしました。バーベキューセット、テラスにご用意できました」
ホテルのスタッフに案内され、四人は最上階のテラスへと向かった。木製のデッキの上には、すでに炭火の準備された網が置かれ、その周りに海鮮や肉、野菜がたっぷりと盛られた皿が並んでいる。夜空には星が瞬き始め、眼下には昼間見た海が、月明かりを受けて静かに黒く揺れていた。
「うわあ、豪華!」
ウルが目を輝かせながら、真っ先に椅子に座り込んだ。
「今日たくさん歩いたから、お腹ぺこぺこ」
「私が焼くよ。みんな座ってて」
ネイトがそう言って、慣れた手つきで網の上に貝や海老を並べていく。じゅう、という音とともに、香ばしい匂いが夜風に乗って広がった。
「ネイトって、意外とこういうの得意だよね」
「家でよく、父に手伝わされてたから」
「へー、大佐直伝のバーベキューってわけね」
アレクトがからかうように言うと、ネイトは苦笑しながら海老をひっくり返した。
しばらくすると、香ばしく焼き上がった貝や、脂の乗った肉が次々と皿に取り分けられていく。
「いただきまーす!」
四人揃って手を合わせ、焼きたての貝に齧りつく。じゅわりと広がる旨味に、アレクトが思わず声を上げた。
「んー! これ、市場で食べたのより美味しいかも……!」
「炭火の匂いがいいよね。あと、この肉も柔らかい」
ティシも頬を緩めながら、串に刺さった肉を頬張った。潮の香りを含んだ夜風が、火照った頬に心地よく吹きつける。
しばらくは食べることに夢中になっていた四人だったが、お腹が落ち着いてくると、自然と会話も弾み始めた。
「そういえばさ、明日はどうする? まだ一日あるよね」
ウルが炭火をつつきながら尋ねると、ネイトが少し考えるように視線を上げた。
「教会の方まで足を延ばそうかとも思ったけど……せっかく海ある場所に来たんだし、明日はビーチでのんびりするのもいいかも」
「ビーチ! いいね、賛成!」
アレクトが即座に手を挙げた。
「ビーチバレーとかしたいな。ウチ、けっこう得意なんだよね」
「え、絶対嘘でしょ」
「失礼な! ……まあ、走るのは得意だから、多分いける」
軽口の応酬に、テラスに小さな笑いが起きた。ティシはグラスに口をつけながら、その様子を眺めて目を細める。
任務の緊張も、コッペルンでの張り詰めた空気も、今はどこか遠い記憶のようだった。星明かりの下、四人でただ他愛もない話をして笑い合う。それだけのことが、今のティシには何より貴重に思えた。
「――明日も、楽しみだね」
ぽつりと呟いたティシの言葉に、三人がそれぞれ頷く。
炭火がぱちりと爆ぜる音、遠くに響く波の音、そして四人の笑い声。アニエルの夜は、そうしてゆっくりと更けていった。
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