第三世界 フラワー

19話 花の少女


洞窟を抜けたイズマは、瞬く間に景色が変わったことに気づいた。


さっきまでの荒野が嘘のように、辺り一面に花畑が広がっている。


「……ここが、次の世界か」


マイルの背から降り、あたりを見渡す。甘い花の香りが、風に乗って漂ってきた。


「幻術のクリスタルは手に入れた。次はここのクリスタルだな」


懐にしまったクリスタルを一瞥し、イズマは静かに歩き出した。


***


しばらく進むと、遠くに巨大な城が見えてきた。荘厳な尖塔が、青空に突き刺さるように聳えている。


「……あれか」


近づくにつれ、違和感が募った。


城の周囲を歩く人々の目が、どこか虚ろだったのだ。


「おい、ここは――」


声をかけようとした時、行く手を阻むように、巨大な影が立ちはだかった。


***


「……止まれ」


低い声。振り返ると、大柄な男が道を塞いでいた。筋肉の塊のような体躯。目には、獲物を見定めるような光が宿っている。


「お前……何者だ」


「ブグン」


短く名乗った男は、拳を構えた。


「この先は、通行禁止だ」


「悪いが、急いでる」


イズマは氷の銃を構えた。


「押し通らせてもらう」


「――上等だ」


ブグンが、地を蹴った。


***


想像を絶する速さだった。


一撃目を辛うじて躱すが、二撃目が脇腹に突き刺さる。


「ぐっ……!」


「軽いな」


ブグンが嘲るように言った。


「もっと本気を出せ」


「舐めるな……!」


イズマは氷弾を連射する。だが、ブグンの巨体はそれをものともせず、力任せに突き進んでくる。


「うおおおおおっ!!」


「がっ……!」


殴られる。転がる。立ち上がる。それでもイズマは、銃を手放さなかった。


しかし――力の差は、あまりにも歴然だった。


「これで、終わりだ」


最後の一撃が、イズマの意識を刈り取った。


***


――どれくらい、時間が経ったのか。


「……ん」


薄れる意識の中、遠くで声が聞こえた。


「大丈夫? しっかりして……」


優しい、けれど必死な声だった。


薄目を開けると、小さな花畑の中に、一人の少女が屈み込んでいるのが見えた。


歳の頃は、自分と同じくらいだろうか。長い髪に、花の飾りをつけている。


「……あんた、誰」


かすれた声で問うと、少女は微笑んだ。


「マミ。近くの家に住んでる」


「……放っておけ」


イズマは、力なく顔を背けた。


「俺のことは、放っておいていい」


「そんなことしたら、死んじゃうよ」


マミは、当たり前のように答えた。


「……なんで」


「なんでって?」


「なんで、見ず知らずの奴を、助けるんだよ」


その問いに、マミは少し首をかしげた。


「困ってる人を放っておく理由の方が、私には分からないな」


***


その言葉に、イズマの中で何かが小さく揺れた。


これまで、誰かに「助けたい」と思われたことなど、なかった気がした。


「……変な奴」


呟くと、マミはくすりと笑った。


「よく言われる」


そう言って、イズマの体を支えながら、ゆっくりと立ち上がらせた。


「私の家、すぐそこだから。おじいちゃんも一緒に住んでるの」


イズマは、痛みに顔をしかめながらも、抵抗しなかった。


不思議と――拒む気にはならなかった。


「……悪いな」


小さく呟いたその言葉に、マミはまた微笑んだ。


花畑の向こうに、小さな家が見えてきた。

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