策略で魔王たちを狩り尽くす~召喚した軍師がこの世界の攻略法を知っていました~
akia
プロローグ
第1話 魔王覚醒 (ベルセリア)
「ベルセリア様! 魔王ベルセリア様~」
何度か名前を呼ばれたことで、意識が浮上してきた。
ベルセリアと呼ばれているのが、自身であり、このダンジョンを支配する魔王であることを思い出した。
そして、ここはダンジョンの最深部にある彼女の私室だ。
黒い壁に、淡く光る水晶の明かりが一定間隔で並んでいる。その中心に据えられた寝台の上、豪華な白い天蓋に包まれて、彼女は横たわっていた。
そういえば、何か仕事をした後、少し眠ろうと思い寝台に入ったような気がする。
まだ目は開けたくない。もう少し心地のいい空間に留まっていたい。そう思いながらも、寝返りをうち横向きになって、彼女に呼びかける声に反応した。
「んっ。ブリーズよ。何事だ?」
ベルセリアの部屋に出入りする許可を与えている側近は1体のみ。今、彼女を起こそうとしているブリーズだけである。
ブリーズはゴーストという種族であるため実体は持たず、半透明の姿で宙に浮かんでいるのだ。灰色の丸い体に、耳のように長く尖った突起が二本伸びている。目と口は、うっすらとした線のように細く長い。
ベルセリアは、ブリーズのそんなお化けのようなシンプルな姿をかわいらしいと思っていた。
声を出したことで、頭も少し覚醒してきた。ずいぶんと長く眠ってしまっていた感覚がある。何か予定があったのであれば完全に寝坊であろう。それに加え、眠りに落ちる前の記憶がほとんどない。
「ダンジョンに侵入者でございます。Aランクの冒険者パーティの可能性がございます」
「なんだと!」
ベルセリアはばっと上半身を起こした。
金色の長い髪が寝台に広がっており、身を起こすと同時にさらりと肩から流れ落ちる。宝石のような赤い瞳が、寝ぼけ眼のままブリーズを捉える。
眠りすぎたせいか、体がだいぶ固まってしまっているようだ。起き上がるのがおっくうである。
今はそれよりも、侵入者のことである。低ランクの冒険者であれば、気にする必要はまったくない。勝手に死ぬか、時間が経てば勝手に帰る。ただし、Aランクともなると話は変わってくるのだ。
彼らにはダンジョンを踏破し、魔王を封じる実力が備わっている可能性がある。警戒は必須なのだ。
そういった理由もあり、Aランク以上の冒険者がダンジョンに侵入した場合は、何があっても報告するようにと彼女は部下に言ってある。
「すぐにモニタールームへいくぞ」
黒のネグリジェ姿だったベルセリアは、それをするりと脱ぎ捨てると、いつもの赤と黒を基調にしたコルセットドレスを手早く身にまとった。編み上げの紐を締め上げると、細い腰の線がくっきりと浮かび上がる。
身支度を整えるとすぐに自室を出た。通路を歩いていると、なんだかとても懐かしい感覚がした。
石造りの通路には、少し離れた間隔で光る石がぽつぽつと浮かんでいる。ダンジョンは地下ではあるが暗さは感じない。天井は高く圧迫感も感じない。このあたりのエリアは配下たちも立ち寄ったりしないため静かだ。ベルセリアの足音だけが響く。
いつもの我が家であるはずだが、やはり少し違和感を覚える。
いくつかの部屋の扉を通りすぎたときに、後ろに付き従っていたブリーズに問う。
「そういえばブリーズ、アタシはどれくらい眠っていた?」
「えー、今年がダンジョン歴108年になったところでございますので……」
「なっ!?」
ベルセリアは思わず声を出して立ち止まってしまった。
ダンジョン歴というのは、このダンジョンが生まれてから何年が経過したのかということである。そしてダンジョンが生まれた時、魔王もまた生まれる。つまり彼女が生まれてから108年ということだ。
「アタシはいつ頃から眠っていたか覚えてるか?」
「えーっと、確かダンジョン歴56年ごろだったかと思います」
なんと50年以上も眠っていたらしい。彼女は驚きにより固まってしまった。何をやっているのだろうか、というか統治者が50年寝ていてもこのダンジョンは大丈夫だっただろうか。ベルセリアの頭に不安がよぎる。
そしてもう一つ。彼女はいつの間にか100歳を過ぎていたという事実にもショックを受けていた。頭を抱えてしまいたいところだが、部下を前に動揺を見せるわけにはいかない。
今はとにかく状況を確認せねばなるまい。
「ブリーズ、アタシが眠っていた間。ここ50年以上は、何もなかったのか?」
「はい、EランクからCランク程度の冒険者は、稀に侵入してきていましたが特に問題ありませんでした。それに5階層にはカルドレン様がいらっしゃいましたので」
「んー。ん。カルドレンか!」
ブリーズの言葉に一拍おいて思い出した。カルドレンはベルセリアのダンジョンの中でもトップクラスの実力者だ。そこそこの冒険者が5階層まで進んできても、彼がサクッと追い払っていたらしい。有能な配下を5階層に配置していたため、ぐっすりと眠っていられたのである。
基本的に、Aランク以上の冒険者が侵入した場合か、他のダンジョンの魔王が侵攻してきた場合は知らせろ、としか命じていなかった。
今回、Aランクの冒険者が侵入したことで、ブリーズが起こしにきてくれただけで、それがなければ彼女はまだ寝ていたのかもしれない。そんなことを考えながら通路を進んでいたら、モニタールームに着いた。
水晶が壁一面にはめ込まれた部屋である。淡く輝くそれが画面となり、ダンジョンの階層の様子を映し出していた。音声はない。部屋には誰もおらず、水晶からは時おり魔力の残滓が舞っていた。
この部屋からであれば、ダンジョン内の様子をどこでも観察することが可能なのである。尚、見ることができるのは、自身のダンジョンの内部映像のみである。
ベルセリアはモニタールームの中心にある席に座った。すべての画面が見える位置である。
「さてと」
気を引き締めて、彼女は自分のダンジョンの様子を確認していく。侵入者はどこまできているのだろうか。
「これは……既に5階層まで侵入を許しているではないか! どうなっておる!?」
すぐにブリーズから返答がある。
「1階層、2階層のアンデッドたちはなすすべなく倒され、3階層の罠はすべて解除されてしまいました。4階層の数少ない獣は今、冒険者たちの食料に……」
冒険者たちは、3日間かけてゆっくりダンジョン全体を探索しながら1階層から4階層を攻略、その後5階層に向かったらしい。
このダンジョンの浅い階層には大量のアンデッドが配置されているのだが、ほぼすべてのアンデッドを倒して進んできているという。
「カルドレンはどうした?」
「ドレッドナイトのカルドレン様は、5階層で冒険者たちを迎え撃ちましたがやられてしまいました。なんとか逃走することには成功したようですが、重傷のようです」
「なんだと。カルドレンがやられるということは、本当に実力のあるAランク冒険者ということなのか!?」
カルドレンは上級クラスのモンスターである。アンデッドでドレッドナイトという種族だ。今、このダンジョンにおいての戦闘能力については魔王である彼女に次ぐ実力者なのである。そんな彼が人間の冒険者にやられてしまったことにベルセリアは驚愕した。
ここの統治者であるベルセリアが言うのもなんだが、このダンジョンは人間から見て旨味がなく、まるで人気がない。入り口から漂う土とカビの臭い。代わり映えのしない薄暗い洞窟が続く景色。冒険者たちの心を躍らせるものは何もないと思う。
人気のない理由についてはほかにもある。大した財宝もなければ資源もない、モンスターの構成は、スケルトンやスケルトンドッグ、グールなど低級アンデッドがほとんどを占めており気持ちが悪い。
食料や水の現地調達は困難かつ、人間の街である王都アルヴァロからも遠いため、長期滞在も難しいことも理由に挙げられる。
訪れる冒険者はほとんどおらず、たまに来る物好きなどはカルドレンが追い払っていたため、100年以上5階層以降に到達されたこともない状態だ。
「侵入した冒険者たちは、現在5階層で休息をとっているようです」
「やつらがここに来た目的はなんだ?」
モニターでは、仮眠をとっている者と、見張りをしている者が映っていた。
「ダンジョンの解放をしにきた可能性もあります。宝や資源がないことは人間たちも知っていることです。探索という可能性も低いのではないでしょうか?」
「くっ、やはりそうか」
不人気ダンジョンに、もしかしたら手付かずの財宝があるのでは?とやってきた冒険者ならばよいが、ダンジョンの解放、つまり魔王を討伐しにきたのであれば、話は変わってくる。
ベルセリアは腕を組み、しばし考える。しかし、どのように対策をすべきか思いつかない。とりあえず、彼女は長年仕えている信頼できる側近に対策がないか聞いてみる。
「ブリーズ、何か策はないか?」
ベルセリアが直接戦うのは最終手段だ。侵入者がダンジョンの最深部にある決戦の間に到着することができれば、魔王として相手をするのが習わしである。そこまで冒険者たちが辿りつけるのであれば、堂々と受けて立とう。
「ベルセリア様、召喚魔石を使って新たに配下を召喚致しましょう」
「……それだ!」
召喚とは魔王が魔石を消費して配下のモンスターを生み出す儀式のことである。
対応策が見つかったのはよいが、ベルセリアの表情は渋い。召喚のことすら、言われるまで気付かなかったのである。召喚はダンジョンを統治する魔王として基本中の基本である。
先ほどからブリーズの言葉で思い出すことばかりである。ベルセリアは自身が記憶喪失である可能性に至った。だが、今、口に出すべきではないだろう。魔王が己を見失っていると知れたとき、どのような影響があるかわからない。
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