三 魔王様は勇者パーティーと交流した
案の定、最初に音を上げたのは賢者だった。
なんと不甲斐ない。毎日四十キロ移動するくらい、普通の人間でもやる。マラソンが趣味の一般人と同じレベルだ。
これくらいでへばっていて、よく魔王城に行こうと思ったな。あそこまで何万キロあると思っているんだ。
「走る……必要は……ないだろ……っ」
移動し終わってから、毎日息も絶え絶えに文句をこぼす。ダメだこいつ、一般人より体力がない。
「走ってなどいない。そなたの足が遅いのだ」
こいつの速度に合わせていたら日が暮れるし、いつまで経っても弱い魔物しかいないエリアから出られない。
手っ取り早くレベル上げするには、強い魔物と戦わせる必要がある。いつまでもスライムと戦っていても、魔族くらいの寿命がなければ、レベル99など夢のまた夢だ。
そして二日目には、完全に限界を迎えた。
賢者は涙と鼻水を垂らし、勇者の肩を借りながら足を引きずっている。昨日の筋肉痛が残っているらしい。若いからすぐに筋肉痛が出るようだ。
「魔王様、すみません。もうキリーは限界のようです」
キリーとは賢者のことらしい。名前を覚える気はないが、識別はできるようにしておこう。
「……ひ弱すぎないか? それでどうやって一日で次の町まで移動するんだ」
「残念ながら、人間の足では一日で町から町まで移動することはできません。そのため、馬を使ったり、野宿をしたりするんです」
なるほど、そういうことか。やたらこの賢者の生活魔法レベルが高かったのは、どうやっても町の宿にたどり着くことができないからか。
だが、勇者はケロリとしている。手加減しているとはいえ、私の移動速度にはついてこられたし、こうして賢者を支えながらでも私のペースについてきている。
この程度では判断できないが、少なくとも賢者よりは有望だ。
「そなた、パーティーを組み直したほうがよいのではないか?」
私は親切心でそう言った。おそらく、幼なじみだからパーティーを組んだのだろう。同じ村で育ち、同じように仲間を失ったから、必然的にそうなったのかもしれない。
しかし、こいつに魔王討伐の旅は無謀だ。その生活魔法を活かして、町の便利屋になるほうがよっぽど幸せだろう。
しかし勇者は、顔をグシャグシャにしている賢者を眺めて、首を振った。
「──いいえ。僕のパーティーには、彼が必要です」
その言葉に、賢者は涙を止めた。虚空を見つめながら、唇を噛む。
ややして、賢者は勇者の肩から腕を外すと、ふらふらした足取りで歩き出した。生まれたての子鹿のほうがもっとうまく歩くと思うが、一応、自分の足で歩いている。
そんな賢者の背中に、勇者は微笑みを向けた。
──なるほど。これが勇者か。
私は初めて、勇者という存在の特異性を認識した。
賢者の体力増強を図る一方、勇者の育成計画も進めることにした。
何と言ってもこいつが本丸だ。勇者が弱くては意味がない。
しかし、こちらは思った以上に順調だった。
剣は私が毎日直接指導している。利き手とは逆の手で剣を持ち、片足で相手をしてやっているが、なかなか筋が良い。
魔法は賢者がいるので、攻撃魔法よりも回復魔法を中心に詠唱させている。回復させる相手はそばにいるので、練習し放題だ。
少しは見習え、そこの回復魔法をかけてもらっている賢者。
しかし、あまりに順調すぎて逆に怖い。今まで多くの魔族を育ててきたが、どいつもこいつも順調とは言い難い過程を経てきた。
文句は言うわ、歯向かうわ、挙句の果てに逃げ出すやつもいる。そんな輩は丁重に簀巻きにして連れ戻し、心ゆくまで話を聞いてやるのだ。
大体のやつは、二、三日で音を上げるが。
この勇者には、そういった紆余曲折が一切ない。言われたことを淡々とこなし、そして結果を出す。
師匠としてはありがたい限りだが、そこに底の知れなさを感じた。
筋肉バカが感じ取ったのは、こいつのこういうところなのかもしれない。
今日もいつものように特訓を終え、野営の準備を始めることにした。
賢者が途中でへばってしまったので、今日も次の町まではたどり着けなかった。
しかしこいつ、へばっているくせに風呂の準備は欠かさないのだから恐れ入る。その美意識の高さを体を鍛えることに使え。
一方の勇者は、さすがに疲れは見えるものの、料理の準備など日常生活を送れるくらいの体力は残っているようだ。こいつの作る野宿飯はうまいので、倒れていたら私が回復魔法をかけてやろうとは思っていた。
「魔王様は、なぜ僕たちを鍛えようと思ったんですか?」
賢者が風呂に入っている間、料理の準備をしながら、勇者がそんなことを聞いてきた。
「暇だったからだ」
私は即答した。
勇者は目を丸くしたかと思うと、ぷっと吹き出した。
「ははっ……変わってますね、魔王様」
「そなたに言われたくないぞ、勇者」
お前も相当変わっている。
自分のことを棚に上げて笑い続ける勇者に、私は抗議の目を向けた。
「そなたこそ、なぜ勇者などやろうと思った」
口にしてから、自分でも愚問だったと反省する。
そんなことは決まっている。彼らの村は、魔族に滅ぼされたのだ。復讐以外の理由があるものか。
私の質問に笑うのをやめた勇者が、真剣な顔でこちらを見た。
原因を作った張本人──いや、私が滅ぼしたわけではないが、責任を取るのは統治者の役目だろう──をじっと見つめてくる。
「すまない、忘れてくれ」
「──から」
私の言葉と、勇者の言葉が重なった。
そのせいで、彼が何をつぶやいたのかわからなかった。
「なんだ?」
「……なんでもありません」
勇者はニコリと笑うと、何事もなかったかのように鍋をかき回し始めた。
私も、忘れろと言った手前、それ以上追及することはしなかった。
ただ、こいつが語ろうとしていた“理由”は、聞いてみたいと思った。
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