第4話:西の覇者の影
狂魔の森・西側深部。
周囲の木々は黒く変色し、泥からは不気味な泡が立ち上っている。生息する魔獣たちのレベルも一気に跳ね上がり、レベル20を超える個体が徘徊する危険地帯だ。
(静かすぎる……)
岩鎌カマキリから獲得した外骨格の能力で、黒狼の皮膚の一部を硬質化させながら、慎重に足を進める。
今まで聞こえていた魔獣たちの争い合う声が、このエリアに入った途端にピタリと止んでいた。
圧倒的な上位捕食者が放つ「プレッシャー」が、森全体を支配している証拠だ。
ズスン……ズスン……。
地響きが揺れる。
前方の大樹がへし折れ、煙塵の中からその「姿」が現れた。
「────ツ!」
思わず息を飲んだ。
そこにいたのは、二本の巨大な角を生やした、体長五メートルを超える「巨大な漆黒の熊」だった。
ただの熊ではない。背中からは刺々しい結晶が突き出し、一回息を吐き出すたびに周りの草木が黒く腐れ落ちていく。
【個体鑑定:西の四凶魔『毒晶大熊(ドクショウタイベア)』】
【レベル:45】
【危険度:災害級(下位)】
(レベル45……!?)
格が違った。
今の俺はレベル18。人族の中級冒険者なら数人がかりで挑むレベルだが、目の前にいるのは「災害級」の化け物だ。
一歩踏み込めば、圧殺される未来しか見えない。
毒晶大熊は、俺のような矮小な黒狼など気にも留めず、足元に転がっていた大型魔獣の死体を踏みつぶすと、一噛みで噛み砕いて呑み込んだ。
その圧倒的な暴力と破壊力。
かつて人間だった頃の俺なら、恐怖で腰を抜かし、泣き叫んで逃げ出していただろう。
(……だが)
黒狼の口角が、奇妙な形に歪んだ。
恐怖の奥底から込み上げてくるのは、ドス黒い歓喜と強烈な「食欲」だった。
(喰いたい……! あの巨大な肉体、あの強靭な結晶の皮膚、あの絶大なレベル……全部、俺の苗床にして喰い尽くしたい……!)
モンスターとしての本能が、俺の思考を塗り替えていく。
正面から戦えば一瞬で粉砕される。なら、どうする?
罠を張るのだ。あの巨体を内側から腐らせ、死に至らしめる絶対的な「毒」と「罠」を。
(待っていろよ、西の四凶魔。お前の全存在を、俺の養分にしてやる)
俺は音もなく背後に下がり、闇の中へと姿を消した。
決戦の準備を始めるために。
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