第7話
実玖は「彼氏作らないの?」や「好きな人できた?」というのを聞いてこない。それが夕李にとって一緒にいて落ち着く要因だった。
好きだった人を未だに忘れられないことは話している。それを彼女は否定したりもしなかった。
「ライブは楽しかった」と言いながら会話にはほとんど出てこず、話す内容は互いの仕事のことや実玖の彼氏のことなどいつも通り。あのバンドは二人にはあまり刺さらなかった。またチケットを譲られない限り、彼らのバンドを見ることは二度とないだろう。
この頃には夕李も、あのボーカルと目が合ったことは忘れかけていた。
明日も仕事。酔い潰れることもできないので、程よく飲んだところで帰路につく。
「私あっちの路線の方が近いから向こう行くけど、夕李は?」
「このまま駅向かうよ」
「じゃ、ここらで解散だね〜。また連絡する!」
「気をつけて帰ってね」
手を振りながら別の駅へ向かう実玖をしっかり見送る。足取りはしっかりしているから心配ないだろう。この時間はまだ人通りもあり、変な人に絡まれたりもしないはず。
夕李も駅へ向かう。近くのスーパーで明日の朝食用に食パンを買おう、などと考えていると、黒いパーカーを着た男がガードパイプに腰掛けて紫煙を吹かしていた。ここは路上喫煙が許可されていないはず。迷惑な、と顔を顰めて煙を避けるように男から大きく距離を取る。
煙草の臭いは苦手だ。禁煙した母がやたら煙草の臭いを嫌がるようになってから余計嫌いになった。
「ん? あれ、おねーさん」
男が話しかけてきた。ナンパかキャッチか。いずれにせよ無視をするに限る。
「あれ? 聞こえてない?」
なんと男はこちらを追いかけてきて、さらに顔まで覗き込んでくる。
「あ、やっぱり。さっきのおねーさんじゃん」
「なんですか」
嫌悪も隠さず睨みつければ、どこかで見たことのある男の顔だった。
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