一つの作品を読むために費やす時間もまた、自分の命の一部なのだ。
本作を拝読し、そんな当たり前でありながら、普段は意識せずにいる事実を突きつけられた気がしました。
かつて夢中になれたフィクションが、ある日、薄皮一枚を隔てたように遠く感じられる。
その変化を、年齢や一時の飽きとして片づけるのは簡単です。
しかし本作は、そこで思考を止めません。
なぜ人は物語を求めるのか。
なぜ、同じ物語に以前ほど心を動かされなくなるのか。
そして限りある時間のなかで、私たちは何を読み、何を自分の内側へ残そうとするのか。
哲学や歴史、科学など、さまざまな知見を行き来する文章は、知的でありながら決して冷たくありません。
その奥に流れているのは、「自分はどう生きるのか」という切実な問いなのだと感じました。
そして創作する側でもある私は、読む側のままではいられませんでした。
自分が書いた物語もまた、誰かの有限な時間を受け取っている。
ならば私は、その時間に何を手渡せるのだろう。
思わず、自分の筆を振り返りました。
これは、フィクションへの興味が薄れたというだけの雑感ではありません。
読むとは何か。書くとは何か。そして、自分の人生を何に差し出すのか。
物語を愛している人にこそ読んでほしい、静かで鋭い思索です。
読み終えたあと、次の一ページを開くという行為が、少しだけ重く――そして、今まで以上に愛おしくなりました。
などと暴言を吐いておりますが……(著者様ではなく筆者が)。
大袈裟な言い方を許していただけるのでしたら、人間が大人になるというのは、エンタメの裏側を知っていく過程なのかな、などと思います。
例えば、巨大怪獣。人がスーツを纏って動かしているとか、CGで描かれているとか、言えることはたくさんあると思います。
でも、それでも憧れを捨てきれない、僕みたいな人種もいるんですね、これが(;^ω^)
『着ぐるみやCG=現実』という見方をしてしまうのは、やっぱりどこか寂しい気もするんですよね。
と言いつつも。
世の中、なんだか不穏なことが多いですし、だったら始めから『虚構』に嵌って子供らしく(?)過ごすのも作戦の一つなわけで。
とりとめがありませんが、個人的には、ノンフィクションしかご覧になれないのでしたらそれを読まれればいいのでしょうし、そのうちフィクションを望む『心の波』ってやってくると思います。
焦らず人生を楽しもう!(`・ω・´) と、いうことですかね……?