そもそも地元に帰る話であるから旅ではなく帰省ではないのか。作者もそのツッコミを恐れていたらしい。しかし本作は、勝手知ったる径路を知悉したところに帰る話には全然見えない。むしろ知らない地を一人旅する話のようだ。それは恐らく主人公の思索が旅の空に飛ばしたが如くあっちにこっちに彷徨うからだろう。旅小説というと旅先の景色だの文物だのを描くものと思いがちだが、むしろ旅の空で何を思ったかをどのように描くかが要諦なのだと得心した。
帰省の旅の果てその独白のような思索は、帰郷の足にシンクロするように母との忘れがたい記憶へと辿り着く。そして彼は自分の居場所が故郷にはないことを確認し、「戻ろう」と決意する。筋を語ればそれだけだ。だがこの小説の肝は、旅の情景を材料に駆け巡る思惟の数々を眺めることにあると思う。これもまた旅小説であるとおすすめしたい。