第6話 殺してもいいと思ってる(2)

 私にとって、人を殺すという事象はさほど忌避すべきことではない。ムカつく相手を殺したいと思うのは人間が持つ本能であり、法律や社会的制裁を受ける危険だけがストッパーの役割を果たしているに過ぎない。


 私は殺人そのものにフェティシズムや快楽を覚えるシリアルキラーではない。ムカつく奴をぶっ殺してスッキリするメリットと、それがバレた時に家族や地位を失う社会的制裁のデメリットを天秤に掛ければ、簡単に人を殺したりはできないことくらい当然理解している。


 だからこそ、私がムカつく相手を殺すかどうかを決める唯一の指針は「相手がどのような罪を犯したか」ではなく、「犯行がバレるかどうか」ただそれ一点にある。


 1. ムカつく奴がいた

 2. 殺したいと思った

 3. 殺しても問題なさそう(絶対にバレない)


 この条件を満たしたら、ただただ殺すだけだ。


 我々の住む日本では、毎年8万人もの行方不明者が出ている。


 これは「行方不明者届が出された数」であって、社会から消えたものの届出すら出されていない人間はカウントされていない。


 私は少なくとも、行方不明者届が出されていない人間の一部や、まだ見つからない人々がどうなっているのかの想像がついている。自分のような人間によって静かに消されているのだと。


 行方不明になった後に生きていようが死んでいようが見つかる人間というのは、周囲の人間がそいつを探すのに本気だった場合がほとんどだ。だが行方不明者の中には、周りからするとどうでもいい、もしくは行方不明になってくれた方が都合が良いと思われるような奴もいる。


 そいつが行方不明になって本気で探す人間がいそうな奴は殺さない。本気で探すということは、そいつに少なからず強い情を持っている人間がいるということだ。人間の想いは厄介で、その強い執着や執念は、わずかな痕跡から私に辿り着く可能性を秘めている。また、そうした感情は後々にまで禍根を生みかねない。


 だからこそ、行方不明になってもしばらくは誰も気づかない、なんなら気づいても本気で探さないような奴であれば届が出たとて「1/80,000」として処理されて終わるような人間であれば、ぶち殺しても特に問題ないはずだ。


 平和に、平凡に生きる私には、一つだけ特殊と言える能力がある。私生活では全く役に立たないが、こと人を殺そうと思った時にだけ非常に役立つ資質だ。


 それは、背格好、顔つき、髪型、そしてオーラが「とにかく人の記憶に残りにくい形をしている」こと。


 結婚もしているし、仕事も順調で、友達だっている。ただ、常に集まりの中心にいるタイプではなく、かといって不穏な浮き方をするわけでもない。良くも悪くも目立たないのだ。


 人間は個体認識を外見や能力等のわかりやすい個性だけでなく、目には見えない気配のようなもので行っている。だが、全てのバランスが平均的に整いすぎると、脳はそれを個として記憶することを拒否する。これがいわゆる認知の谷間にいる存在だ。


 実際に会い、会話し、時間を共に過ごして個人として意識して記憶されない限り、私の存在は全く認知されない。


 つまり、例えば私が監視カメラに写っていたとしても、捜査員がかなり注力して意識的に認識しない限りは「風に飛ばされたゴミ」が写り込んだような認知のされ方となる。よく行くコンビニの店員が私の顔を覚えることなど絶対にない。


 普通に過ごしていても目立たない私が、意図的に監視カメラを避けながら行動し、見落とした監視カメラに映った程度で捜査員が犯人像に辿り着くのは不可能だ。


 32年間生きてきた中で、私は自分のこの特性を知っているし、成功体験も重ねてきた。


 特に人殺しに執着しているわけではない。だが、「殺してみようか」と思ったら、殺しても問題のない奴かどうかの調査に手間をかける程度にはモチベーションがある。


 ターゲットの後をつけて自宅アパートを把握し、そこからコンビニ、最寄駅へのルートでパッと目につく監視カメラを確認して、その日は家に帰った。


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