第5話
家に帰ってからも、鼻歌を歌いながら宿題のノートを開く。
もし、あの後チャイムが鳴らなかったら、もっと優と繋がっていられたのにと悔やまれた。
けれど、それでも優が元気になってくれたことが何より嬉しかった。
遥人が鼻歌を歌いながら宿題の漢字の書き取りをしていると、玄関でガチャリと鍵を開ける音がした。
(まずい、お母さんが帰ってきちゃった)
遥人は慌てて姿勢を正し、深呼吸をする。
(落ち着け。僕はお母さんが大好き。お母さんは僕のことが大好き。お母さんが作ってくれたオムライスはおいしかった)
遥人は母親の良い思い出を必死で思い出していた。
「遥人、帰ってるの?」
足音が玄関からリビングに近付いてくる。
遥人はもう一度深呼吸をすると、元気な声で「今帰ってきたところ!」と答えた。
そのまま笑顔で母の元に駆け寄り、「お帰りなさい」と言って抱きつく。
母、
「今日はハンバーグのお弁当を買ってきたのよ。遥人、ハンバーグ好きでしょう?」
遥人は「うん!」と大きく頷いて答えた。
友江は手を洗うと、二人分の弁当をテーブルに置く。
遥人は二人分のコップに水を注いで、友江と自分の席の前に音を立てないようにそっと置いた。
友江は遥人の様子をじっと見つめて「今日、学校で何かあった?」と薄く微笑みながら尋ねた。
遥人は一瞬動きを止めたが、すぐに「うーん、今日は特に何も無いけど、一昨日転校生が入って来て、僕の後ろの席になったんだ」と何気ない調子で答えた。
友江は遥人の表情を確認した後、優しく微笑んで、「仲良くなれると良いわね」と言って食事を始めた。
遥人は共感接続の送信を求められなかった事にほっとして、ハンバーグを口に入れた。
***
湯船の中でふうっと息を吐きながら、遥人は優のことを考えていた。
(優、明日も元気でいてくれるかな?優がずっと笑顔でいられたらいいのに)
次第に頭の中は優と一緒に遊ぶ想像でいっぱいになる。
遥人は明日が来るのが楽しみで仕方がなかった。
***
翌朝、校門の前で優を待っていると、昨日の朝とは違って笑顔で駆け寄ってくる優の姿があった。
「遥人、おはよう!」
優の元気な笑顔を見て、遥人も飛び跳ねたくなるほど嬉しくなる。
けれど一呼吸置き、「おはよう。優」と平静を装って笑顔で返した。
そんな遥人を見た優の近くを歩く女子たちが、「遥人君て良いよね」「なんか大人っぽいよね」と小声で話している。
それを耳にした優は、いつも落ち着いている遥人のことを、なんだか少しかっこいいなと思った。
***
授業中も、優は黒板を見る振りをしながら遥人の後ろ姿ばかり見ていた。
昨日はじめて行った共感接続の感覚がまだ抜けていないような気がするほど、遥人を近くに感じる。
(早く遥人と2人になりたいのに、昼休みまでまだ二時間もある。せめて遥人が振り向いてくれたら良いのに)
遥人が気になって授業どころではない優に気付いたのだろうか。先生が優に向かって「松原、問7の答えは?」と聞いてきた。
(やっべー!どうしよう)
教科書は開いていたものの、ずっと遥人を見ていたせいで問題に全く手を付けていない。
優はあせって「えーっと・・・」と言いよどんだ。
視線を下げるといつの間にかノートの切れ端が机の上に置かれている。
遥人が窓側の手で皆に見えないようにさりげなく、答えを書いた紙切れを優の机の上に置いてくれたのだ。
優は遥人に心の中で感謝してその問題に答えた。
***
昼休みになると、優はいつもの秘密の場所に駆け込んだ。
遥人はまだ来ていない。
さっきはどうなることかとヒヤヒヤした。
あそこで遥人が答えを教えてくれなかったら、皆の前で恥ずかしい思いをするところだった。
(やっぱり遥人は凄いなぁ。実はエスパーだったりして)
そんな想像を膨らませながら遥人を待つ。
それから10分ほど経って、ようやく遥人が現れた。
「ごめん、優。女子たちに捕まっちゃって、なかなか一人になれなかったんだ」
遥人は少し疲れた様子でふうっと安心したように息を吐いた。
「遥人ってモテるんだ?」
優は今朝校門の前で遥人の話をしていた女子たちを思い出す。
遥人は首を振って「そんなことないよ」と否定した。
「来週、宿泊学習があるから、一緒の班になろうって誘われただけ。男女合わせて5人の班を作るんだ」
優は(やっぱりモテてんじゃん)と思いつつ、宿泊学習という言葉にわくわくした。
「俺も遥人と同じ班がいい!お願い!同じ班になって!」
優は必死に懇願した。
遥人と一緒ならきっと楽しい二日間になるだろう。
他のクラスメイトとはまだ仲良くなっていないし、遥人が一緒でなければ行きたくないとすら思う。
手を合わせてすがるような目をする優を見て、遥人はクスッと笑った。
「もちろん。優も一緒の班だよ」
その言葉を聞いて、優は「よっしゃ!」とガッツポーズをして喜んだ。
昼休みが終わる頃、遥人は優に小声で「ちょっとだけ繋がる?」と訊いてきた。
優は何かいけないことをするような胸の高鳴りを覚えながら、「繋がりたい」と小声で答える。
あと5分ほどでチャイムが鳴る。
二人は肩を寄せ合って共感接続を繋いだ。
流れ込んでくるのは、言葉では言い表せないような安心感や嬉しさ、一緒にいたいという気持ち。
二人はただ互いの心地よい思いに浸りながら、チャイムの音を遠くに聞いた。
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