第3話 それでも勝てたのが一番危ない

「決まったな。ならやれ。崩れたら俺が入る」


 ダリオさんの声とほぼ同時に、ワイルドドッグが動いた。


「ガードスタンス!」


 リックが腰を落とし、盾を前へ構える。


 共有MPが減る。


 ガードスタンスは、三十秒間、動きが鈍くなる代わりに正面からの攻撃を盾で受け止めやすくするスキルだ。


 正面から二体。


 右からも二体。


 四体が、少しずつ角度を変えながらリックへ迫った。


 俺は左から回り込んでくる一体へ向かう。


 まずこいつを早く落とす。


 そうすれば、リックの方へ戻れる。


 ワイルドドッグが低く身を沈めた。


 次の瞬間、地面を蹴る。


 飛び込んできた牙へ剣を合わせた。


 横へ逸らす。


 そのまま胴を狙ったが、ワイルドドッグは素早く飛び退いた。


 浅くしか入らない。


 すぐに向こうもこちらを向き直る。


「お兄ちゃん、右!」


 ノエルの声が飛んだ。


 横目を向ける。


 リックは正面から来た一体を盾で受け止め、もう一体を盾の縁で押し返していた。


 その間に、右の一体が横へ回る。


 リックがそちらへ盾を向けた。


 だが、さらに外側を回っていたもう一体までは間に合わない。


 そいつが一気に距離を詰めた。


「リック!」


 ミリアが杖を向ける。


 その直前、ワイルドドッグがリックの腕へ飛びついた。


「ぐっ!」


 牙が防具の隙間へ食い込む。


 深くはない。


 それでも腕に赤い傷が走った。


 同時に、共有HPも減る。


 俺は無傷だ。


 ミリアも、ノエルも。


 なのに、俺たち四人が使えるHPは確かに減っていた。


「ファイアーショット!」


 ミリアの杖から、小さな火炎弾が飛び出した。


 リックの側面へ回ったワイルドドッグの胴へ直撃する。


 ワイルドドッグは草の上へ転がり、そのまま動かなくなった。


「助かった!」


「まだ三体そっちにいるわよ!」


「分かってる!」


 リックはすぐに盾を戻した。


 一体減った。


 それでも三体だ。


 正面から来る一体を盾で止める。


 もう一体が横から飛び込めば、片手槌で牽制する。


 残った一体まで動けば、また盾を返す。


 全部を完璧に止められているわけじゃない。


 それでも、三体ともリックの前から抜けられていなかった。


 俺の前でも、ワイルドドッグがもう一度地面を蹴った。


 今度は避けない。


 牙を剣で外へ逸らす。


 身体が流れた。


 そこへ踏み込む。


「パワースラッシュ!」


 剣を深く叩き込んだ。


 ワイルドドッグが地面へ倒れる。


 今度は起き上がってこない。


「リック、そっち行くぞ!」


「頼む!」


 俺が駆け寄る。


 リックの周りには、まだ三体。


 一体がこちらへ向きを変えた。


 ちょうどいい。


「こいつは俺が持つ!」


「任せた!」


 飛びかかってきた牙を剣で受け流す。


 これでリックの相手は二体。


 さっきまでとは明らかに違う。


 リックが正面の一体を盾で受け止める。


 横からもう一体。


「お兄ちゃん、左!」


 ノエルの声に、リックがすぐ盾を返した。


 飛び込んできた身体を盾の縁で弾く。


 ワイルドドッグが体勢を崩した。


「もらった!」


 リックの片手槌が振り下ろされる。


 鈍い音が響いた。


 ワイルドドッグが草の上へ倒れる。


 残り二体。


 俺の前の一体が低く唸った。


 じりじりと横へ動く。


 こちらの隙を探している。


 俺も剣を構えたまま、動きに合わせる。


「ミリア、もう撃てるか?」


「まだよ!」


「なら、先にこいつをやる」


 相手が先に動いた。


 俺の横を抜けるように跳ぶ。


 剣を振った。


 避けられる。


 だが、完全には抜けさせない。


 着地したところへもう一度踏み込む。


 ワイルドドッグが俺へ向き直った。


 そこへパワースラッシュを叩き込んだ。


 刃が深く入り、ワイルドドッグが倒れる。


「あと一体!」


 ノエルの声が飛ぶ。


 最後の一体は、リックの正面にいた。


 ワイルドドッグが盾へ飛びつく。


 リックはそれを正面から受け止め、そのまま押し返した。


「ミリア!」


「もういけるわ!」


 ミリアが杖を向ける。


「ファイアーショット!」


 二発目の火炎弾がワイルドドッグへ直撃した。


 草の上へ転がった身体は、もう起き上がってこない。


 周囲が静かになった。


 俺はすぐに周囲へ目を走らせる。


 リックも盾を構えたまま辺りを見る。


 ミリアも杖を下ろしていない。


 ノエルも後ろを確認していた。


 草が風に揺れているだけだ。


「……大丈夫そうです」


 俺が言う。


「よし」


 ダリオさんが短く答えた。


 それを聞いて、ようやく剣を下ろした。


「お兄ちゃん、腕見せて」


 その横で、ノエルがリックのところへ寄っていった。


「これくらい平気だって」


「いいから見せて」


 リックが渋々腕を出す。


 さっき噛まれた場所には、浅い傷が残っている。


「これ、お兄ちゃんが怪我してるだけなんだよね」


「見れば分かるだろ」


「そうじゃなくて」


 ノエルが自分の腕を見せる。


 もちろん、傷なんてない。


「私もレオンもミリアも怪我してない。でも、減ったHPは同じなんだよね」


 俺も共有HPを確認する。


 確かに、リックが噛まれた時に減った分は俺の表示からも減っていた。


「ライトヒール」


 ノエルが短杖を向けると、淡い光が傷を包む。


 傷が塞がり、共有HPが戻った。


「戻った」


 ミリアが自分の表示を見て言う。


「私も同じ」


 リック本人の傷を治した。


 その結果、四人で共有しているHPが戻った。


「やっぱり、本当に全部つながってるんだな」


 リックが治った腕を動かす。


「だから最初からそう書いてあったでしょ」


「実際に見ると違うだろ」


 それは分かる。


 俺がスキルを使えば、四人のMPが減った。


 リックが怪我をすれば、四人のHPが減った。


 そしてノエルがリックを治せば、そのHPが四人全員の表示で戻る。


 説明に書いてあった通りだ。


 けれど、実際に戦ってみると、その意味は数字を見た時よりずっと大きく感じた。


「あれ?」


 ミリアが声を上げる。


「どうした?」


「レベル、上がってるわ」


「本当か?」


 俺もステータスを確認する。


【名前 レオン・ハルベル】

【レベル 1→2】

【職業 剣士】

【属性 風】

【共有HP 390/390(最大367→390)】

【共有MP 173/196(最大178→196)】

【筋力 12→14】

【耐久 9→10】

【敏捷 13→15】

【魔力 7】

【SP(スキルポイント) 0→1】

【保有スキル パワースラッシュ】

【固有パーティー特性 《四身一命》】


「本当だ」


「俺も二だぞ!」


 リックの声が弾む。


「私も!」


 ノエルも笑った。


「共有HP、最大390だって」


「MPも196になってるわね」


 ミリアも嬉しそうだ。


 もちろん、最大値が増えたからといって、さっき使ったMPまで戻ったわけではない。


 それでも、四人分がまとめて増えるだけあって、数字の伸びは大きかった。


「初日でレベル二か」


 リックが満足そうに自分の表示を見る。


「五体も出てきた時はどうなるかと思ったけど、結構いけたわね」


「ああ」


 俺も倒れたワイルドドッグを見る。


 リックは一度噛まれた。


 四体を止めきれず、一体には横へ回られた。


 俺も最初の一体をすぐには倒せなかった。


 それでも、途中で崩れることなく五体全部を倒した。


 共有HPにも、まだ余裕はあった。


「このくらいなら――」


「浮かれる前に、今の戦いの反省だ」


 ダリオさんの声に、続きを止められた。


 俺たちはそちらを見る。


「基礎はできてる。連携も悪くない」


 まず、リックへ視線が向く。


「ただ、一人で四体止めようとしたのは欲張りすぎだ」


「……はい」


「実際、一体に横へ回られて噛まれてる。ミリアが落とさなければ、もう一体まで抜けてたかもしれん」


「分かりました」


「止められる数を考えろ。HPが多いことと、お前の盾が一度に四方向へ向くことは別だ」


「はい」


 今度は俺を見る。


「レオン」


「はい」


「お前も四体だと分かってて、あの作戦に乗ったな」


「はい」


「何でだ?」


 少し考える。


「俺が左を早く倒せば、リックの負担を減らせると思いました」


「四体を止めてる間にか」


「……はい」


 無茶ではあると思った。


 それでも、できると思った。


 四人分のHPがあったから。


「それで、実際に勝った」


 ダリオさんが倒れた五体を見る。


 俺たちもそちらへ目を向けた。


 五体とも動かない。


「リックは一発食らった。予定通り四体全部は止められなかった。お前も一体目を即座には落とせなかった」


 そこで一度、言葉を切る。


「それでも勝てた」


 ダリオさんが俺たち四人を見る。


「そこが一番危ない」


 さっきまで少し浮かれていたリックも、黙って聞いている。


「お前らは弱いから危ないんじゃない」


 ダリオさんは続けた。


「多少やり方を間違えても、そのまま勝てそうなのが危ない。覚えとけ」

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