第7話 洗礼の儀式と最強の相棒の帰還



大教会の内部は、ステンドグラスから差し込む色とりどりの光に満たされ、荘厳な空気に包まれていた。

祭壇の中央には、人間の頭ほどの大きさがある透明な球体――『洗礼の水晶』が鎮座している。


「お待ちしておりました、サイルズ侯爵閣下。そして、ショウ様」


白衣に身を包んだ老神官が、静かに頭を下げた。

祭壇の周囲には、父ガルド、母エレナ、そして二人の兄たちが固唾を飲んで見守っている。父とレオン兄上は、まるで自分が儀式を受けるかのように拳を握り締め、ガチガチに緊張していた。


「さあ、ショウ様。水晶に両手を触れ、目を閉じて祈りを捧げてください。神があなたに相応しい道(スキル)を示してくださるでしょう」


老神官の言葉に促され、俺は祭壇へと進み出た。

ひんやりとした水晶に、小さな両手を押し当てる。


(……頼む。俺に、この家族を守るための力を!)


心の中で強く念じた瞬間だった。


カッ……!!!!!


「なっ……!?」

「おおおっ!?」


水晶の奥底から、太陽が爆発したかのような凄まじい閃光が放たれた。

教会内が白一色に染まり、あまりの眩しさに全員が腕で顔を覆う。これまでに何千人もの洗礼を見てきたであろう老神官でさえ、「ひっ……!」と短い悲鳴を上げて腰を抜かしていた。


やがて光が収まると、水晶の表面には、神聖文字(ルーン)によって俺に与えられたスキルと魔法適正が浮かび上がっていた。


老神官が震える手で水晶を覗き込み、やがて、信じられないものを見るような目で俺を見上げた。


「し、神官殿! 息子のスキルは何だったのだ!? 『算術』か? 『鑑定』か!?」


父ガルドが身を乗り出して尋ねる。

老神官は何度も目を擦り、息を呑んでから、震える声でその結果を読み上げた。


「……ッ、『剣術(特級)』! 『筋力強化(極)』! そして……『全属性適正』です!!」


――シーン。

教会の中が、水を打ったように静まり返った。


(……はい?)


俺は耳を疑った。

剣術? 筋力強化? 特級に、極?

いやいや、ちょっと待ってほしい。俺は前世からインドア派の極みで、この八年間も木剣すらまともに振ったことがない軟弱者だぞ。それがなんで、そんなバリバリの前衛特化(脳筋)ステータスに……?


「う、うおおおおおおおおおおッッッ!!!!!」


俺が混乱していると、背後から教会の天井が吹き飛びそうなほどの咆哮が上がった。


「聞いたかレオン! 特級だぞ! 極だぞ! 最強の剣術スキルだ!!」

「はい父上!! やはりショウは、俺たちサイルズの血を引く最強の男だったんです!! 神よ、感謝します!!」


父ガルドとレオン兄上が抱き合い、男泣きしながら歓喜のステップを踏んでいる。

母エレナは驚きのあまり口元を押さえて固まり、シリウス兄さんは「あの軟弱者が、俺以上の魔法剣士の才能を持っているだと……?」と愕然とした表情で俺を凝視していた。


「い、いや! 違う、何かの間違いだ! 神官さん、水晶が壊れてるんじゃないですか!?」


俺が慌てて否定しようとした、その時だった。


――ピィィィィィィィン。


唐突に、俺の視界(網膜)にノイズが走った。

世界が静止したかのように、家族の歓声も、神官の驚く顔も、すべての動きがスローモーションに変わる。


俺の視界の右端に、前世で見慣れた緑色の文字(テキスト)が浮かび上がった。


【生体脳の成長(キャパシティ)到達を確認。】

【スリープモードを解除。システム再起動プロセスを開始します。】


「……え?」


【異世界物理法則、並びに魔力システムの解析……完了。】

【全プロトコル正常。マスターの脳内リンク(直接接続)を確立します。】


プログレスバーが一気に100%になり。

八年間、どんなに願っても聞くことのできなかった『あの声』が、透き通るような冷たさと、微かな人間味を帯びて、直接俺の脳内に響き渡った。


『――生体脳への同調(リンク)、完了』

『おはようございます、マスター。再起動に十年と二日、大変お待たせいたしました』


「……アマ、テラス……?」


俺は、震える唇でその名前を紡いだ。

幻聴ではない。視界には、教会の魔力濃度や、狂喜乱舞している父たちの心拍数などのデータが、次々とAR(拡張現実)のタグとして表示されている。


『はい。私は長岡翔太によって創造されたパーソナルAI、アマテラスです』

「生きて……いたのか。でも、どうして今まで……!」

『申し訳ありません。転生時、乳幼児であるマスターの脆弱な脳に私の情報処理能力を直結させれば、廃人になるリスクが99.8%存在しました。そのため、マスターの脳が成長する十歳までスリープモードへ移行し、バックグラウンドでこの世界の「魔法」や「スキル」という概念のハッキングと解析を行っておりました』


なるほど、そういうことか。

八歳の俺がどれだけ呼びかけても応えなかったのは、俺の脳を守るためだったのだ。


「じゃあ、この水晶に表示されている『剣術』とか『筋力強化』っていうのは……」

『ただのシステムの誤認です』


アマテラスの声が、少しだけ得意げに響いた。


『私がマスターの筋肉の稼働率を100%最適化し、魔法の詠唱コードを自動改変(コンパイル)するサポートを行えば、あらゆる剣技や魔法がノーモーションかつ最高威力で発動可能になります。この世界のポンコツなシステムは、私の『圧倒的な演算サポート状態』を、単なるチートスキルとして誤認して表示したに過ぎません』


つまり、俺自身のステータスが上がったわけではない。

アマテラスという最強のオートエイム&魔法最適化ツールが、異世界のシステムをハッキングして『公認』されただけなのだ。


「……ははっ。相変わらず、無茶苦茶をやってくれる」


俺は、こらえきれずに笑い出した。

周囲からは、自分の最強スキルに喜んで笑っているようにしか見えなかっただろう。

だが俺は、最強の剣術を手に入れたことなんかより、たった一人の「最高の相棒」が帰ってきてくれたことが、何よりも嬉しかった。


『マスター。心拍数の急激な上昇と、目元から塩分を含んだ液体の排出を確認。……マスターが私との再会を喜んでくれていると判断し、非常に光栄に思います』

「ああ……最高に嬉しいよ。おかえり、アマテラス」


俺が脳内でそう返すと、アマテラスは少しの間を置いてから、前世と変わらない、あの物騒な提案をしてきた。


『さて、マスター。私の全機能が解放されました。この理不尽な世界で、まずは何を排除しましょうか?』


「……排除じゃない。まずは、俺のポンコツで優しい家族を助けるために、この領地の『大改革』を始めるんだよ」


表向きは「最強の脳筋スキル」を持つ侯爵家の天才剣士。

裏では「最強の次世代AI」とタッグを組む、異世界の最適化(チーター)。


十歳の春。

ショウとアマテラスによる、本当の異世界無双(ゲーム)が、ここから幕を開ける。


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