熱量の戻し方への応援コメント
応援コメントのお返事ありがとうございました!
推しのチームの試合はもちろん楽しい、だけど推しのチーム一辺倒になるよりは、別の好きなクラブを作ってそっちも見るという、楽しみ方の多様性があるのだな、と思いました!
推しのチームとは『熱量』が違うのかもしれない、というのを読んで、なるほど、と思いました!
今の時代、いろんな有料チャンネルに登録すれば、サッカーの試合も見放題ですよね。
『娯楽映画』という例えがすごくしっくりきました!
『おじいさんが孫の動きを見て喜ぶように。』
それほど熱量をそんなにかけて見なくていいような、気楽さがあるのかもしれませんね。
そうやってサッカーへの熱量を戻していく。
バランスの取れたいい方法だと思いました!
作者からの返信
読んで頂いてありがとうございます。
推しのクラブ以外の試合は、気楽に見られるので楽しいです。
書いてないですが、アンダーの日本代表選手のクラブを見たりするの楽しいです。
推しクラブ以外から採れる栄養素がありますので。笑
メタボリック親善試合への応援コメント
『親善試合にほぼ興味ない。』
私も同じです。
何故そうなってしまったのか?
このエッセイを読ませていただいて、そうそう、と共感するところが多々ありました!
『何かがかかっている試合と親善試合の試合の温度差を感じてしまうから。』
まずはこれですよね。
フィギュアスケートでも、エキシビションはそれなりに楽しいけれど、本番の試合の方がやはり見応えがあります。
『それらのモノが懸けられている試合と何も懸けられていない試合の味比べをしてしまっている。』
一試合の重さを感じるかどうかですよね。
そしてまた、『何かを懸けた試合』に対して性格の悪さがたまに出てしまう、という客観的な見方も面白いです。
『勝利への欲望がブクブク太っていく。』
ここで”メタボリック”という言葉に繋がってくるんですね!
『親善試合は欲望という脂の塊が少ないので、気楽に見てしまう所がある。』
欲望を脂の塊に例えているところが、このエッセイのキーポイントになっている気がしました!
『試合を見るという所に対して贅沢になってきてるんだと思う。』
まさに!
最後はちょっと身につまされたオチでしたね。笑
作者からの返信
読んで頂いてありがとうございます。
キリンカップとアジア大会見ててやっぱり比較しちゃうんですよね。
どうしても見比べちゃうとダメだなとその理由をメタボに引っ掛けて書いてみました。
健診が怖い笑
スポーツバーのススメへの応援コメント
応援コメントのお返事ありがとうございました!
『曹貴裁監督とマントショー』の返信を読ませていただいて、何故このエッセイを書かれたのか、改めて知ることができました。
やったことはハッキリ言ってダメ、でも突き放してるわけではない。他のクラブのわかってない人にも読んでもらえたらいいな!と思いました!
こちらのエッセイも面白く読ませていただきました!
私はスポーツバーには行ったことがありませんが、このエッセイと一緒に体験できたような気持ちになりました。
スナックにしか見えない店に入るのは確かに勇気がいりますね。(秘密結社 笑)
予約したのに満員で入れないというのも不思議ですが、そこで諦めずに夜の街を探検していたんですね。
後半は一気に数値が上がる怖さの話になりましたが、
『人間、身体に良いほうを選ぶようになるらしい。』
こうなりますよね。
『昔は良かったというのは、昔のほうが良かったという話ではない。
数値を気にしなくてもよかった頃の自分が、良かったのだと思う。』
これは、核心を突いていると思いました。
だからといって、
『あれやこれやを見るために、特別な機器を用意しなくてもいい』今の全てがいいわけではない、
と感じさせて結んでいるところに余韻があります。
作者からの返信
読んで頂いてありがとうございます。
スポーツバーは、色々行って楽しかったです。
スナックみたいな所はマジでドキドキしました。予約しても、満員ですって昔はたまにあって、そいう所はネットの予約の際にっていう文の所に満員でお断りする場合あるって小さく書いてあったりすんです。
結構、雑だったんですよね。
スポーツバー楽しいかったので書かせてもらいました。
相応に戻るへの応援コメント
子供の頃、野球中継を敬遠し、野球を見る典型的な”おっさん”にはなりたくなかったはずなのに、いつの間にかサッカーを応援している自分がその同じ“おっさん”になってしまっている?!
面白く読ませていただきました!
野球に対してサッカーは別!というのが凄くよく伝わってきました!
しかしモニターで見てる時だけは“あのおじさん”になってしまう、、
“推しのクラブの試合のスタジアム観戦が、特別な祭りに参加してる感じ”というのも、ああ、そうなんだな!と思いました!
負けた試合でも、得点が入っていればその時は凄く盛り上がるから、無得点は避けて欲しいですよね。
最後の
『話は全く合わないだろうけど。』
がいいですね。笑
作者からの返信
自分がおっさんになったのを実感したので書きました。
何やっても加齢の呪縛からは逃れられない(笑)
ダービーマウント合戦への応援コメント
応援コメントのお返事ありがとうございました!
中村敬斗選手、リヨンに移籍が決まりましたね!前回、移籍についてのエッセイを読ませていただいたので興味深かったです!
ダービーマウント合戦というのがあるのですね。色々知らない世界があるのだな!と思いました!
何か人間の本質が見えてしまうような、、?!
“もう少し仲良くやれよ”
ほんとですね。
作者からの返信
読んで頂いてありがとうございます。
中村選手はいいクラブに決まったので活躍して欲しいです。
ダービーは大変です…。
初秋の訪れへの応援コメント
応援コメントのお返事ありがとうございました!
『その登場人物の一員に観客として参加できる』という言葉に、あ、そうなんだ!上手く言い当ててるな!と思いました!
夏休みの宿題と移籍マーケットの話をリンクさせた面白いエッセイでした!
(図書館、新聞、天気、なるほど!と思いました!)
七月になると市場が開く、というのを初めて知りました!夏に動きが出るのですね。
選手の時間が短いというのも、本当にそうですね。あっという間にピークを過ぎてしまうのでその時間を有効に使わなければなりませんね。
移籍してきて、あまり期待していなかった選手に限って活躍する不思議さ。選手もそれをわかっていて奮起するとか?!
『人間というのは、どうしてこう簡単に期待できるのだろうと思う。』
これは本当に何でもじゃないですが、『期待』ってすぐに湧いてきます。何かいいことがもたらされるんじゃないかって。
そう思っていることが生きる活力になるんですよね。
『誰かが「この選手を取ろう」と決める。』
この決め手は何が大きいのでしょうね。
冬の移籍市場というのもあるのですね。
夏の移籍マーケットが閉じて季節を感じる。
夏の風物詩ですね。
初秋を感じる今日この頃です。
作者からの返信
読んで頂いてありがとうございます。
夏休みの宿題を最後にやるみたいに中村敬斗選手が最後に移籍しましたね。
もう秋の匂いがしてきて涼しくなって欲しいなと思ってます。
まだ暑い…。
日常と景色への応援コメント
応援コメントのお返事ありがとうございました!
冒頭の
『リーグ戦は日常だ。』
という言葉がこのエッセイから伝わってきます!
普段リーグ戦は見ていない私ですが、このエッセイを読んでいると、同じような気持ちになっていきます。
移籍した選手のことを親になった気持ちで見てしまったり、リーグ戦というのは脚本家いない長いドラマみたいなものというのも、なるほどなぁ!と思いました!
昇格のシステムってサバイバルそのもので、ハラハラしますよね。これがあるからリーグ戦がドラマになるのかもしれませんが。
『俺たちは本当はここにいるクラブじゃない。』
『俺たちはここにいるべきじゃない。』
『そして、ある日、「試合でわからされる。」』
ここがすごくリアルな感じがしました。
『昇格した途端、主力の選手が海外へ行ったり、上位クラブへ移籍したりする。』
これもありますよね。
『愛と条件は、たぶん別の引き出しに入っている。』
この表現、わかりやすいです!
「下位カテゴリーにいた方がよかったんじゃないか」
こう言う人もいる。それくらい厳しい現実を突きつけられるということでしょうか。
『勝てば、そのまま一週間くらいは気分がいい。』
『勝てば、たぶん一週間は気分がいい。』
始めと終わりが対になっていますが、
最後の
『それだけのことなのに、僕たちはまた週末を待っている。』
これが全てなのではないかと思いました!
作者からの返信
読んで頂きありがとうございます。
一週間が気分いいのが、サッカーの醍醐味なんですよね。
サッカーに限らないんだろうけど、スポーツ観戦の醍醐味って群像劇を楽しむって事なんだと思います。
その登場人物の一員に観客として参加できるのもスポーツ観戦の良さですよね。
シーズン終わりの結末が気分良く締められる様に私は応援してるんだなと思います。
審判心配への応援コメント
応援コメントのお返事ありがとうございました!
話題になっている誤審についてYouTubeで動画を見てみました。
確かに明らかなハンドであり、誤審で、コメントも審判への批判が多くを占めていました。
だからこそこのエッセイは一読に値すると思いました。
まず、
誤審があったからこそ生まれるドラマがあったということ。
誤審が起きたその時はたまったものではないですが、後になってみるとマラドーナの『神の手』などは、マラドーナのプレーの中でもひときわみんなに語り継がれていく記憶に残るシーンになりましたよね。
名古屋とジェフ千葉でもハンドの誤審があったとか。
誤審があったからこそドラマになったのは皮肉でもあるのですが、でもそれは後になってみれば、語られることの方が忘れさられるよりはサッカーの歴史を刻んだ証のように感じます。
審判のなり手が少ないという問題について、確かにどこからも誰からも文句が出ない判断をずっと試合中しなければならないというのは、相当なプレッシャーがあると思いました。
『まずは試合を裁いてくれてありがたい、という気持ちがある。』
この言葉には素直に共感します。
『判定の正しさと、相手への敬意は別の話だ。』
この言葉が一番強く印象に残りました。
正式な形で伝える方法の大切さ。
試合中、試合後は感情的になりがちですが、そこは審判への敬意を持ちながら、過度にメディアを通じて批判が行かないようにする配慮もあるべきですね。
取引先から直接指摘される場合を自分に当てはめてみると、この問題は一層わかりやすいですね。
『試合が終わった後も、物語になって繋がって語られていく。』
誤審によって、審判が一方的に批判されて、批判した側も罰則が与えられて、ファンにも遺恨が残ってしまう。そんな物語にならないように願いたいですね。
作者からの返信
読んで頂きありがとうございます。
審判が、ミスジャッジをしないというのはほぼ無理なので、重大な所でのミスを減らして欲しいかなと。
そのためにVARとかのテクノロジーがトップカテゴリーには導入されてるんですよね。
選手もダイブ等、マリーシアと呼ばれるプレーをするのでよくわからない状態になってしまう。
今回の件は、明らかなミスですが、ハンド規定の変更で手にボール当たってもノーハンドになる場合があるので難しい事になりますよね。
マスコミに発言するのは、話が別なので分けて考えて欲しいです。
自分の仕事でこんな事されたら、した方の会社にクレームが行くだろうし、メンタルがおかしくなります。
本当にやめて欲しいです…。
次からこの審判が、試合を裁く時は言われるだろうし、もしかしたらもう審判をしない可能性があるのではと思ってしまいます。
余りにも今回の件は、した方が悪いかなと思っています。
ミスは取り返せる世の中になって欲しいし、言うなら別の方法があるからそちらでやらないとって思う一件でした。