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すべてのエピソードへの応援コメント

  • この第5話は、原作でも大きな転換点でしたが、漫画シナリオ版では**「探知機」が「相棒」になり、最後に「ジゼル」になるまでが全部“手をつなぐ”動作で繋がっている**のがとても綺麗です。暗闇の中で恋人繋ぎのまま死のワルツを踊る場面は、二人でなければ成立しない戦闘そのものが、そのまま関係性の証明になっていて格好いいですね。
    とりわけ、散弾をつまむジゼルと、シュガープラムを食べる生前の妹を同じ構図で重ねた直後に「……ジゼル」が漏れる流れが強烈です。ここまで漫画版では「観察して妹を作る」怖さを丁寧に積み上げてきただけに、その偽物を承知でゲルトルートの側から名前を与えてしまう瞬間が、原作以上にはっきりした“陥落”として見えました。
    そして最後の手つなぎが、戦うためではなく「二人で行く」ためのものになる。この版がここで一区切りになる原型を知っているぶん、「共犯者の夜明け」という題がそのまま一枚の絵になったようで、とても好きです。

    作者からの返信

    読んでくださり有難うございます。
    今回は、手にこだわって書いています。その表現を拾ってくださり、とっても嬉しいです。
    散弾を妻もところは、私もお気に入りのシーンです。漫画になった時が楽しみです。
    ラストの手つなぎのところ、漫画版序章、一巻のラストにふさわしくなるように描きました。
    漫画になりましたら、是非ご覧になっていただきたいと思います。

  • 原作でも美しかった「無音のカノン」ですが、漫画シナリオになると、ここはかなり強い回になりますね。特にP22〜24で、白い少女と生前のジゼルを同じ構図で重ね、その先に家族四人の幸福な演奏を置くことで、ゲルトルートが何を失い、何に揺さぶられているのかが一気に視覚化されています。
    そしてP27〜32の、恍惚から違和感、恐怖、最後には自分まで呼吸を止めてしまう流れが素晴らしいです。「音楽の中の無音」という原作の言葉が、漫画では生者であるゲルトルートが死者へ同調していく絵になることで、より退廃的で危うい美しさを持ったように感じました。
    また、出発前の着替えからすでに「黒と白」「姉妹」「互いに結び合う」という構図を積み重ねているので、ラストの「ここにいる人たち、みんな『そう』だよ」が、単なるどんでん返しではなく、二人だけが同じ世界を見始めた瞬間にも見えるのが印象的です。

    作者からの返信

    読んでくださり有難うございます。
    漫画版にするにあたり、対比と積み重ねを意識して描きました。
    演奏のシーンは、かなり作画家さんに無理なお願いをしていると思います。その分、絵になったところを見るのが本当に楽しみです。
    最後のシーンも、世界がひっくり返る様、私も気にいっております。

  • この第3話は、原作で印象的だった「奇妙な朝食」と「血を与える行為」が、漫画になることでさらに生活と捕食が隣り合っているように見えるのが面白いですね。ベーコンを焼き、紅茶を飲み、食事が終わったら白金の注射器で血を取り分ける――その一連があまりにも静かな日常として続くぶん、「シュガープラムより大好き」という台詞がとても甘く、同時に危うく響きます。
    特に好きなのは、ジゼルの視線が胸元から腕、手へと移っていくP19と、血を飲んだあとには今度はゲルトルートの視線や汗、呼吸、影まで観察していくP32-33です。原作でもあった“観察”が漫画版では視線の連続としてはっきり可視化されていて、彼女が求めているのは血だけではなく、ゲルトルートという存在そのものなのだと感じられました。
    そして最後、仕事へ逃げ込もうとするゲルトルートが、結局また鎖を目で辿ってジゼルを見てしまう。この版では「鎖」が本当に毎話少しずつ意味を変えていて、そこがとても綺麗です。

    作者からの返信

    読んでくださり有難うございます。
    絵にする作業の間、ずっと、彼女たちはどの様に動くのかを、頭の中でイメージして書いておりました。
    シュガープラムより大好き。は、ある種物語の看板になるセリフなので、そこまでのつなぎを書くのはとても楽しかったです。
    吸血鬼ジゼルはゲルトルートに本当に執着しています。そこが伝わって本当に嬉しいです。
    また、ゲルトルートの逃避と、戸惑い、彼女の心の拘束も感じてくださり有難うございます。

  • 原作でも印象的だった「嘘」の回ですが、漫画シナリオになると、ジゼルがゲルトルートを攻略していく怖さがぐっと前面に出ていますね。とりわけ「泣け」と命じられて涙なしの名演技をし、父親世代の警官を瞬時に選んで懐柔するところから、P25の無機質な観察眼、そして妹の仕草を意図的に再現する流れまでが繋がっていて、「完璧な妹」が偶然ではなく彼女自身の選択によって作られていくのが面白いです。
    一方で、鎖が拘束具でありながら、ジゼルが引けばゲルトルートまで動いてしまう「二人をつなぐ線」として絵になるのが素晴らしいですね。原作で象徴的だった「どちらが繋がれているのか」が、漫画では説明せずとも画面そのものに現れていて、P34の拒絶する言葉とは逆に手を強く握ってしまうゲルトルートがとても好きです。
    そして最後の「次は何を食べよっか」は、原作以上に耳元で囁く構図が効いていて、可愛らしいのに完全に懐へ入り込まれてしまったような余韻があります。

    作者からの返信

    読んでくださり有難うございます。
    吸血鬼ジゼルのスコットランドヤードとの会話は、どこかコミカルで、かつ、彼女の恐ろしさを表現したかったので、感じてもらえて嬉しいです。
    鎖に引っ張られるゲルトルートも、画面でそのまま絵になるのが、私もとっても楽しみです。
    ゲルトルートは主に言葉ではなく体で、ジゼルは言葉と表情で、演技させていることを意識しておりました。
    漫画原作の面白さを感じた回でした。

  • 原作を知ったうえで読むと、漫画版は「ゲルトルートが見てしまったもの」を読者にも強制的に見せる構成になっているのが印象的でした。特にバッグを「殺すための左側/人間として生きるための右側」に分け、そこからジゼルの日記と写真が消えて、あの純白の“ジゼル”が現れる流れは、文章版以上に「彼女はゲルトルートを観察し、記憶し、妹になった」という怖さと美しさが伝わってきます。
    そしてP30-31の、鎖に繋がれた吸血鬼なのに宗教画の天使のように降臨する見開きが素晴らしいですね。原作で感じた「砂糖菓子のような美しさ」が、漫画では黒いゲルトルート/白いジゼル、跪く者/立つ者、狩人/鎖に繋がれた怪物という幾重もの逆転として視覚化されていて、この二人がやがてどちらに繋がれているのかわからなくなる物語だと知っているぶん、強烈に響きました。
    最後が「鎖はどちらの首にある」ではなく、懺悔するようなゲルトルートの絵で閉じるのも面白いです。漫画版では第一話の時点から、これは怪物に惑わされた狩人の話だけではなく、罪悪感を抱えたゲルトルートが自分の“救い”を見つけてしまう物語なのだ、という見え方が強くなったように感じました。

    作者からの返信

    読んでくださり有難うございます。
    小説版も拾ってくださり有難うございます。
    小説版と違って、「絵」を意識して書いておりました。P30-31 は、私も絵になるのがとても楽しみです。
    最後のページは、ゲルトルートの心が表現できるよう、「絵」を作っております。
    細部まで表現を拾ってくださり、とっても嬉しいです。

  • 人物、舞台、時代を漫画として見せようというイメージが伝わってくる原作だったと思います。
    実際に漫画になった形を見てみたいですね。

    作者からの返信

    読んでくださり有難うございます。
    はい。人物、舞台、時代のイメージを感じてくださり嬉しいです。
    また、漫画になった際はよろしくお願いいたします。

  • 食事シーンで登場人物のバックボーンを匂わせるところがいいですね。

    作者からの返信

    読んでくださり有難うございます。
    食事のシーン、二人の背景を感じてもらえて嬉しいです。

  • 迫力のある戦闘シーンから始まり、セリフで説明するのではなく絵で見せようとするコンセプトの伝わってくるよい漫画原作ですね。

    作者からの返信

    読んでくださり有難うございます。
    漫画になる前提のコンセプト、感じて頂き嬉しいです。