第331話
第331話 二十枚の先
十一月二十九日の朝、迅は目覚まし時計が鳴るより先に目を開けた。
枕元には、昨夜閉じた黒い手帳が置かれている。赤と青の栞の間には、更新されたSTATUSと78POINTの数字を書き残してあった。
夏の全国優勝で実行した二回の10連ガチャ。その時に増えたSKILLは、秋の公式戦と練習で少しずつ試してきた。
十五歳になった最初の練習では、まだ試合で使い切れていない動きを年上の仲間と確かめる。
決めてしまえば、布団から出るのは早かった。
床へ足を下ろし、右足、左足の順に体重をかける。ふくらはぎに張りはなく、足首を回しても違和感はない。最後に両腕を頭上まで伸ばすと、肩の奥が気持ちよく鳴った。
階下へ降りると、香織が味噌汁をよそっていた。葵は食卓に頬杖をつき、迅の顔を見るなり笑う。
「寝癖、右側だけ直ってないよ」
「水をつけたんだけどな」
「足りなかったんじゃない? そこだけ元気に跳ねてる」
迅が髪を押さえると、誠司が新聞を少し下げた。
「今日の練習は午前だけだったな」
「うん。終わった後に少し残ってもいい日だよ」
「昨日は何時に寝た?」
「十一時前。ちゃんと寝たし、脚にも張りはないよ」
「それならいい。ただ、残る時間はスタッフに伝えてからにしろ」
「分かってる。今日は走り込みじゃなくて、ボールを触る方にする」
香織が焼き魚の皿を迅の前へ置いた。
「練習の相談は御飯を食べながらでもできるでしょう。冷める前に食べなさい」
「食べてるよ」
「箸を持っているだけじゃ、食べていることにはならないよ」
葵に笑われ、迅は反論する代わりに御飯を口へ入れた。
誠司の新聞には、国内リーグの順位表が載っている。シーズン終盤に入り、一つの引き分けで順位が動く時期だった。
「今日も勝つための練習?」
葵が聞く。
「公式戦は終わったけど、来年も勝つための練習。今のままでいいわけじゃないから」
「休むのも練習だって、昨日言われたばかりじゃなかった?」
「今日は練習日だからいいんだよ。明日は休む」
「監督に決められた休みを、自分で決めたみたいに言わないの」
香織に見抜かれ、迅は味噌汁の椀で口元を隠した。
◇
クラブハウスへ着くと、成瀬がロッカーの前でスパイクの紐を結び直していた。
「一ノ瀬、今日は残るんだろ?」
「はい。久保田さんに確認してから、20分だけボールを触るつもりです」
「だったら俺も付き合う。昨日は先に帰ったからな」
「助かります。成瀬くんには、受けた後も動いてほしいです」
「注文が早いな。まだ何をやるか決めてないんじゃないのか?」
「最初のタッチと、狭い場所で失わない練習はできます。細かい内容は、全体練習が終わってから考えます」
迅が白いリストバンドを右手首へ巻くと、成瀬が少し曲がった縫い目を指で直した。
「それ、試合でも使うのか?」
「公式戦で大丈夫か、宮坂監督に聞いてみます。駄目なら練習だけでも使いますよ」
「汚すなよ。全員で選んだんだから」
「白を選んだ時点で、汚れるのは分かってたでしょう?」
「汚れた分だけ練習したって分かるだろ」
「じゃあ、最初から汚れている物をくれればよかったのに」
「新品を渡した意味がなくなるだろ!」
成瀬の声に、着替えていた井川と西川が笑った。
そこへ宮坂監督が入ってきて、ホワイトボードへ今日のメニューを貼る。
「今日は回復を含めた技術練習だ。全国大会から秋の予選まで試合が続いた。身体の状態を確かめながら進める。終了後に残る選手は、内容と時間を先にスタッフへ伝えろ」
迅は手を上げた。
「終わった後、20分だけ残ってもいいですか? ボールを受けるところと、狭い範囲の対人を確認したいです」
「追加の走り込みはしないな?」
「しません。久保田さんにも確認します」
「それならいい。相手が必要なら、先に頼んでおけ」
「俺が入ります」
成瀬が隣から手を上げた。
「僕も残ります。パスを出す役がいた方がいいでしょう」
小野寺も続き、榊原が少し遅れて立ち上がる。
「三人だけだと守る側が足りないな。俺も入る」
「ありがとうございます!」
「礼は終わってからでいい。まず全体練習に集中しろ」
宮坂監督に言われ、迅は勢いよく頷いた。
練習は四人一組のパス交換から始まった。
足元へ入ったボールを小野寺へ返し、次の角度へ動く。深見から少し強いパスが来れば、右足の内側で勢いを殺して左へ流した。
全国大会と秋の公式戦で何度も繰り返した分だけ、最初の接触は安定している。身体が大きくなった後にずれていた歩幅も、今ではボールを置きたい場所へ合うようになっていた。
「今日は急がないんですね」
小野寺が返ってきたボールを受けながら言う。
「今は最初のタッチを確認しています。自主練では受け方を少し変えたいので、その前にいつもの感覚を覚えておきたいんです」
「なるほど。それなら次は少し強く出します」
「お願いします!」
小野寺の右足から、先ほどより速いボールが来る。
迅は足首を固めすぎず、膝を緩めて勢いを吸収した。完全に止めず、身体の左側へ流す。次の一歩で追いつき、深見が動いた先へ返した。
「置く場所は悪くない。ただ、顔が下がったぞ」
深見に言われ、迅はすぐに顔を上げた。
「次は受ける前に深見くんの位置まで見ます」
「俺だけじゃない。後ろも見ろ」
「はい!」
次のボールが来る前に、迅は肩越しに一度だけ振り返った。井川が守備役へ入り、背後から距離を詰めている。
正面の深見へ戻せば安全だが、井川はその道を狙っていた。
迅は身体を右へ向け、ボールへ触れる直前に左足を引く。《ファントムタッチ》で接触点をずらすと、井川の足が空を切った。
そのまま左へ抜ける。
「見えてたのか?」
「受ける前に一度だけ確認しました!」
「だったら次は、俺が見えない側から行くぞ」
「それでも見つけます!」
迅が笑って返すと、井川も口元を上げた。
対人練習では成瀬と組み、狭い四角形の中で二対二を行った。迅が受ける前に中原が背後へ寄せ、正面では井川が成瀬へのパスコースを消す。
右へ向くふりをして、左足の裏で止める。
中原の足が右へ出た。
空いた左へ触れ、井川が来る前に成瀬へ渡す。
「今のは速い!」
「囲まれる前に出しました!」
「すぐ返すぞ!」
成瀬からのボールへ、迅は止めずに右足を合わせた。
しかし、足の面が少し上を向く。ボールは狙った足元ではなく、成瀬の胸へ跳ねた。
「高いぞ!」
「すみません。止めないことばかり考えてました。次は成瀬くんが走れる高さに合わせます!」
「最初から俺の足にくれ!」
成瀬が胸で落とし、中原が横から奪う。
「新しいことを考える前に、今の一本を直せよ」
「もちろん直します。もう一度お願いします!」
「切り替えが早すぎるんだよ」
中原はそう言いながら、すぐ迅へボールを返した。
二度目は弱すぎて、成瀬へ届く前に井川が足を入れる。
三度目。迅は成瀬の走る方向を見て、右足を振る幅を小さくした。ボールの勢いを殺しすぎず、進む足の少し前へ流す。
成瀬が速度を落とさず受け、そのまま小さなゴールへ蹴り込んだ。
「今のだ!」
「もう一回ください!」
「成功した直後に欲張るな。今の感覚を覚えておけ」
成瀬の言葉に、迅は右足の当てた場所を確かめた。
全体練習は予定どおり午前で終わった。
ストレッチと身体確認を済ませ、迅は久保田トレーナーへ脚の状態を伝える。
「右脚も左脚も張りはほとんどありませんし、痛みもないです。睡眠と食事も問題ありません」
「なら、申告どおり20分の技術練習だけだ。全力の長い走りは入れるなよ」
「分かりました。時間も守ります」
「その返事を、終わる時にも覚えていれば合格だ」
「今日は大丈夫です!」
「今日は、という言い方がもう怪しいな」
迅は笑いながらグラウンド脇のベンチへ向かった。
成瀬たちは小さなゴールとボール籠を準備している。まだ少し時間がある。
迅は三人から離れ、手帳を開くふりをして青い画面へ意識を向けた。
【所持POINT:78】
【所持SKILL:58種】
【MAX:9種】
全国優勝の夜に増えた九つの名前を、もう一度確認する。
どれも、触れただけで正解を教えてくれるものではない。使い道は分かっていても、味方や相手が動く試合で毎回同じようにできるわけではなかった。
それでも、早くボールへ触れたい。
画面を閉じて立ち上がると、成瀬がゴールの横から手を振った。
「一ノ瀬、準備できたぞ!」
「ありがとうございます! 最初はパスからお願いします。小野寺くん、少し強めに足元へください」
「分かりました。一本目から合わせますよ」
小野寺が右足で蹴る。
迅は身体を半身にして、右足の内側へ当てた。止めずに成瀬へ送ったボールは浮かなかったが、成瀬の右足より一歩前を通る。
成瀬が足を伸ばして追いついた。
「届くけど、次が遠い!」
「俺が急ぎすぎました。次はもう少し近くへ出します!」
二本目は弱くなりすぎた。中間に立っていた榊原が、難なく足元へ収める。
「今度は俺へのパスだな」
「違います! 止めないことばかり考えて、渡す強さが抜けました」
「誰へ、どの速さで届けるかが先だ。止めないのは方法でしかないぞ」
榊原から返ってきた三本目。迅はボールだけでなく、成瀬の腰の向きと次の一歩を見る。
右足を振る幅を抑え、走り始めた足の前へ転がした。
成瀬は速度を落とさず受ける。
「今のはいい! そのまま続けるぞ!」
「はい!」
四本目は足元、五本目は少し後ろ、六本目は低く跳ねた。
同じボールは来ない。
迅は一度も止めないことにこだわらず、難しいボールは収めてから出した。速く返すことより、受けた味方が次へ動ける場所を優先する。
その判断を入れた方が、ワンタッチで出せた時のパスも安定した。
「全部を一度で出そうとしなくなったな」
榊原が言う。
「止めた方がいいボールまで急いだら、次が遅くなるので。止めない方がいい時だけ使います」
「だったら次は、止める時間を消しに行く」
榊原が守備側へ回った。
成瀬と小野寺が迅の味方になり、榊原、深見、井川が相手へ入る。小さなゴールを二つ置いた三対三。コートは全体練習より狭い。
「残り12分だ」
深見が時計を確認する。
「最後までお願いします!」
「時間を守るならな」
一本目。小野寺から迅へ入った瞬間、榊原が正面から距離を詰めた。井川は右の成瀬へ出る道を消し、深見が背後のゴールを守る。
迅は成瀬へ出そうとして止めた。
その一瞬で榊原の足が届く。左へ逃がせば井川が身体を入れ、三秒も持たずに失った。
「出口を決めてから受けろ」
榊原が奪ったボールを足元で止める。
「成瀬くんへの道しか見ていませんでした。次は小野寺くんの位置も見てから受けます」
「俺たちの足も見ろ。味方だけ見ても、空いているかは分からないぞ」
「はい!」
二本目。
迅は小野寺が蹴る前に左右へ首を振った。成瀬は右。榊原は正面から来る。井川の身体は成瀬へ向き、深見は中央に残っていた。
前へ行かず、右足の外側で斜め後ろへ触れる。
榊原の勢いが通り過ぎた。
空いた左へ身体を入れれば、囲みからは出られる。だが、ゴールは反対側だ。深見も余裕を持って戻っている。
「抜けましたけど、攻める場所から離れました!」
「自分で分かったなら戻せ!」
成瀬の声に、迅は小野寺へ預けて中央へ走り直した。
安全な出口と、攻め続けられる出口は違う。
《プレス回避》が自動で道を示したわけではない。受ける前に見た三人の位置と、最初の失敗が次の選択肢を増やしていた。
三本目は成瀬から来た。
榊原が近づく前に前へ押し出す。深見が中央へ寄り、井川が成瀬から離れて迅の進路へ入った。
このまま速く運べば、二人の間で止められる。
迅は歩幅を狭め、足裏でボールを身体の下へ置いた。
急に速度が消える。
井川が足を止め、深見は成瀬への直接の道を消すため中央へ半歩戻った。
迅はその動きを見て、もう一度前へ出る。
止まった井川の横を抜けようとしたが、触る位置が近すぎた。再加速の一歩目で井川の腿にボールが当たり、外へ転がる。
「今のは止まる場所が近かったです!」
「分かってるなら、次は一歩早く落とせ」
井川が笑いながらボールを返す。
四本目。迅は先ほどより一歩早く速度を落とした。
井川の重心が止まり、深見が成瀬を見たまま中央へ戻る。
今度は再加速しない。
外へ出るふりだけを見せ、小野寺へ縦に通した。
深見が振り向く。小野寺がワンタッチで成瀬へ落とし、成瀬が小さなゴールへ蹴り込んだ。
「今、止まったら深見くんが一歩戻りました!」
迅が振り向くと、深見は否定せずにゴールからボールを拾った。
「俺が戻ったのは、成瀬への直接のパスが消えたからだ。お前が同じ場所でもう一度止まれば、次は小野寺への道を先に切る」
「それなら、次は止まる前に出すか、止まるふりで縦へ行きます」
「選択肢を増やすのはいいが、全部を同時にやろうとするなよ」
「ボールが来る前に二つまで決めます!」
プレーを再開する。
今度は榊原が迅へのパスを読んで身体を開いた。
小野寺の足が振られる前から、その線へ動いている。
迅も同じ場所を見た。
パスが出る。
榊原の方が近い。それでも、迅は正面から競りに行かず、次に触れたボールが流れる側へ半歩ずれた。
榊原の右足が触る直前、迅が外側からつま先を差し入れる。
ボールは成瀬の前へこぼれた。
「そのまま行ってください!」
成瀬が運び、井川を引きつけて中央へ返す。
迅は走りながら受け、深見が寄る前にワンタッチで小野寺へ送った。
今度の強さは合っている。
小野寺がゴールへ決めた。
「取ってからが速かったですね」
「榊原くんが先に触る場所を見ていました。取れた後は、成瀬くんが前を向いていたので迷わず走れました!」
「僕への最後のパスも、ちょうどよかったです」
「もう一回やりましょう!」
「終わりだ」
久保田の声が飛んだ。
迅は反射的に時計を見る。20分の針は、ちょうど終わりを指していた。
「時間どおりです!」
「胸を張るところじゃない。片づけまで含めて自主練だぞ」
「すぐ片づけます!」
迅がボールを拾い始めると、成瀬たちも笑いながら手を貸した。
◇
小さなゴールを運び終えると、宮坂監督が迅の黒い手帳を指した。
「今日は何を書く?」
「ワンタッチのパスは、止めないことより、味方が次に触れる場所を先に考える。囲まれた時は、抜けるだけじゃなくて攻め続けられる出口を選ぶ。それから、速度を落とすなら、相手が動く前に次を決めておく、です」
「ずいぶん増えたな」
「失敗も多かったので、その分だけ書くことが増えました」
「新しい動きを一日で完成させようとするな。明日は完全休養で、次の練習では最初にワンタッチのパスを10分だけ。その後は通常メニューへ戻れ」
「10分で成功を増やします」
「回数じゃない。味方が次に触れる成功を増やせ」
「はい。その違いも書いておきます!」
迅はベンチへ座り、忘れないうちに手帳を開いた。
ボールを止めなかった一本目は遠すぎた。二本目は弱すぎた。三本目だけが、成瀬の走る速度へ合った。
速度を落とした一回目は、井川との距離が近すぎて再加速できなかった。二回目は深見を動かし、小野寺への道を作れた。
奪う時も、出た後の場所まで考えなければ攻撃にはならない。
文字にすると、成功より失敗の方が多い。それでも迅の口元は自然に上がっていた。
「失敗を書いている顔には見えないな」
宮坂監督が横から手帳をのぞく。
「次に直す場所が分かりましたから。できるようになったら、試合で使える選択肢が増えます」
「選択肢が多ければ正しいわけじゃないぞ」
「一番いいものを選べなかったら意味がないですよね。だから、受ける前に見ます」
「そこまで分かっているなら、今日は帰れ。考える続きは休んでからにしろ」
「分かりました。ありがとうございました!」
ロッカールームへ戻ると、成瀬が迅の白いリストバンドを見た。
「もう土がついてるぞ」
「成瀬くんが、汚れた分だけ練習したと分かるって言ったんですよ」
「一日で汚せとは言ってない」
「洗えば落ちます。たぶん」
「落ちなかったら、自分で責任を取れよ」
「練習で使い続けます。それなら問題ないでしょう?」
「そういう意味じゃないんだけどな」
成瀬が苦笑すると、着替えていた榊原が口を挟んだ。
「来年もロッカールームが静かになることはなさそうだ」
「俺がいますからね」
成瀬が胸を張る。
「成瀬一人の話じゃない。一ノ瀬も半分は原因だ」
「俺の方が静かですよ」
「その自覚がないところまで似てるな」
榊原に言われ、迅は周囲を見た。井川と西川が笑いをこらえ、瀬戸まで視線を逸らしている。
「誰も味方してくれないなら、来年はプレーで黙らせます」
「来年まで待たなくていい。次の練習からやってみろ」
「もちろん、そのつもりです!」
迅が即答すると、榊原は笑った。
その笑顔のあと、視線がロッカーの背番号十へ向く。
高校三年の冬。今の18人で練習できる時間は、ずっと続くわけではない。
新しく得たものを自分だけの武器にするのではなく、今いる仲間とのプレーへつなげたい。
迅は汚れたリストバンドを外し、丁寧に鞄へ入れた。
◇
家へ帰ると、葵が居間の床に買い物袋を広げていた。
「おかえり。今日はずいぶん機嫌がいいね」
「新しく練習したいことが増えたんだ。うまくできたのは、まだ少しだけだけど」
「それで笑ってるの?」
「できなかった場所が分かったから。次は直せるよ」
「明日もクラブへ行くつもりじゃないでしょうね」
「明日は休み。宮坂監督と久保田さんに言われてる」
「二人に言われないと休めないんだ」
「ちゃんと自分でも休むつもりだったよ」
「お母さんに聞いてみようかな」
「そこまで確認しなくていいだろ!」
迅が買い物袋を取り上げると、葵は笑って追いかけてきた。
夕方に帰ってきた誠司へは、練習で起きたことだけを話した。止めずに出したパスが二度ずれたこと。囲みから抜けても、攻めたい方向から離れてしまったこと。速度を落としたことで相手と味方の位置が変わったこと。
誠司は最後まで聞いてから、食卓の上へ蜜柑を三つ置いた。
「これを相手だと思え」
「食べ物で練習したら、母さんに怒られるよ」
「動かさない。位置を見るだけだ」
三つの蜜柑が三角形に並ぶ。誠司はその外へ箸置きを二つ置いた。
「味方がここで、お前が中央で受ける。最初から速く行けば、前の一人が寄ってくる。残る二人はどうする?」
「味方への道を消す。だったら、途中で止まれば前の一人も止まるし、横の二人は俺へ来るか味方へ残るか迷う」
「実際の相手は蜜柑みたいに待たない。止まった瞬間に奪いに来ることもあるぞ」
「それなら、来た方の後ろへ出す。ただ、止まってから見たら遅いから、その前に位置を見ておく」
「そうだ。速度を変える技術より、変えた後に何が起きるかを先に持て」
誠司は蜜柑を一つ取り、皮をむき始めた。
「もう説明は終わり?」
「食べ物だからな。長く並べていたら乾く」
「それなら、俺も一つ食べる」
「これは練習代だ」
「置いただけじゃん。俺が話した分の方が長かったよ」
迅が残りへ手を伸ばすと、誠司が皿ごと遠ざける。
「お父さんも中学生と同じことしてる」
廊下から葵が笑った。
「迅が始めた」
「父さんが蜜柑を並べたんだろ!」
「二人とも、夕食前に食べすぎないでね」
台所から香織の声が飛び、二人は同時に手を止めた。
迅は最後の蜜柑を籠へ戻しながら、三角形の間に見えた道を頭の中でもう一度なぞる。
所持POINTは78。
所持SKILLは58種。
MAXは9種。
増えた名前を並べるだけでは、試合で使える武器にはならない。
止めない方が速い時もあれば、一度速度を落とした方が、その先へ速く進める時もある。
二十枚が迅へ渡したのは、完成した答えではなかった。
次のボールで選べる道が、昨日より少し増えていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます