第31話 兄の魔導剣
「父上から預かった新しい魔導剣だ」
ディラン兄上が剣の柄に手を置く。
青い石。
3重の円から伸びる線。
地下施設にあったものと同じだ。
「見せてもらっても?」
「剣に興味があるのか?」
「少し」
「《修復》しか持たないお前が?」
相変わらず一言多い。
「見るだけならいいだろ」
兄上が剣を抜こうとする。
周囲の村人たちが下がった。
「ここで抜くの?」
「冗談だ」
やめてほしい。
「剣の話は後だ」
兄上は村の中へ歩き出した。
「まずは父上から命じられた仕事を済ませる」
「領地の確認ですよね」
「ああ。案内しろ」
俺とリティアも後を追う。
最初に街道を見せる。
兄上は直した場所を何度か踏んだ。
「本当にお前が直したのか?」
「はい」
「職人を雇ったわけではなく?」
「構造はロイたちに教えてもらいました」
「魔力だけで?」
「何日もかかりましたけど」
兄上が街道を見る。
信じていないというより、考えている顔だ。
次は広場。
商人が店を出している。
新しく直した店も営業していた。
兄上が店内へ入る。
並んでいる商品を確認する。
「以前は店すらなかったと聞いている」
「建物は残っていたので直しました」
「商人は?」
「街道を直したら来ました」
「移住までしたのか?」
「本人が決めたことです」
兄上の視線が俺へ戻る。
「ずいぶん都合よく進んだな」
「俺もそう思います」
本当に。
厨房へ向かう。
甘い匂いがする。
今日もジャムを作っていた。
「これが報告にあった商品か」
「ルーナの実を使ったジャムです」
ミナが瓶を渡す。
兄上は少しだけ口にした。
「悪くない」
「おいしいですよね」
「悪くないと言った」
素直じゃない。
畑も見る。
水路。
戻り始めた作物。
新しく耕した場所。
兄上は何も言わずに見て回った。
「どうです?」
俺が聞く。
「何がだ」
「フェルゼ」
「父上から聞いていたよりはましだ」
「それだけ?」
「お前は何を期待している?」
「少しくらい褒められるかと」
兄上が俺を見る。
「昔のお前なら、数日で逃げ帰ってきたと思っていた」
「ひどくない?」
「父上も同じ考えだった」
否定できない。
最初は領地を良くするつもりなんてなかった。
本家から離れられればそれでよかった。
「だが」
兄上が畑を見る。
「何もできないと思っていたのは、少し違ったらしい」
褒められた。
たぶん。
屋敷へ戻る。
執務室でリティアが帳簿を広げた。
人口。
収穫。
税収。
商人から得た利益。
ジャムの売上。
兄上が順番に確認する。
「短期間でよくまとめたな」
「ありがとうございます」
「エリクが?」
「私です」
即答だった。
「少しは迷ってよ」
「事実ですので」
兄上が笑った。
「良い婚約者をもらったな」
「はい」
自然に返事が出た。
リティアがこちらを見る。
「何?」
「いえ」
すぐに帳簿へ目を戻した。
耳が少し赤く見える。
気のせいかもしれない。
兄上は帳簿を閉じた。
「領地については分かった」
「父上には?」
「見た通りに報告する」
「税を増やされたりする?」
「その可能性はある」
嫌だ。
「まだ立て直してる途中なんだけど」
「領地が利益を出せば、本家へ納める額も増える。当然だろう」
正論だけど。
今増やされたら困る。
作りたいものも直したいものも残っている。
「すぐには増やさないよう、俺からも話してやる」
「本当?」
「フェルゼが再び潰れれば、結局は本家の損になる」
兄上は意外とまともだった。
もっと全部持っていくと言われると思っていた。
「ありがとうございます」
リティアが頭を下げる。
「エリク」
「はい」
「お前もだ」
「ありがとうございます」
先に言ってほしい。
兄上が腰から剣を外した。
机の上へ置く。
「見たいのだろう?」
黒い鞘。
銀色の柄。
近くで見ると、青い石の中に光が動いている。
地下施設で拾った欠片と同じだ。
「この石はどこで?」
「フェルゼだ」
やっぱり。
「11年前。西の旧鉱山から巨大な魔石が見つかった」
兄上が剣の柄を指で叩く。
「それを切り分けて使っている」
「切り分けた?」
「ああ。あまりに大きく、そのままでは魔導具に使えなかったらしい」
制御核。
両腕で抱えるほどの大きさだった。
それを本家は切った。
「どのくらい残ってる?」
「なぜそれを聞く?」
「気になっただけ」
兄上が俺を見る。
少し怪しまれた気がする。
「大部分は本家の保管庫だ。この剣に使われているのはわずかだ」
「魔導剣はこれだけ?」
「今のところはな」
兄上が剣を持ち上げる。
「試作品だ。問題がなければ数を増やすらしい」
数を増やす。
ゲームの中で反乱軍が使っていた魔導具。
まだ大量には作られていない。
今はその途中だ。
「この剣は何ができるの?」
「見たいか?」
「屋敷の中ではやめて」
「分かっている」
兄上が少し笑う。
「使う者の魔力を増幅する。俺の《剣豪》と合わせれば、普通の剣とは比べものにならん」
《魔力増幅》を持つセド兄上。
大量の魔力を蓄えた制御核。
本家が反乱で強力な魔導具を使えた理由。
少しずつゲームの未来がつながっていく。
「その石を外した後、フェルゼで何が起きたか知ってる?」
俺が聞く。
「何の話だ?」
「井戸の水が減った。湧き水も枯れた。畑まで使えなくなった」
兄上の顔から笑みが消えた。
「それが魔石と何の関係がある」
「関係してるかもしれない」
「根拠は?」
答えようとして止まる。
地下施設について話せば。
父にも伝わる。
制御核を戻す前に施設を奪われるかもしれない。
「まだ調べてる途中です」
代わりにリティアが答えた。
兄上がリティアを見る。
「途中か」
「はい。確かなことが分かれば報告いたします」
嘘ではない。
ただ全部を話していないだけだ。
兄上はしばらく黙っていた。
それから剣を腰へ戻した。
「ちょうどいい」
「何が?」
「父上から受けた命令は、領地の確認だけではない」
嫌な予感がする。
「もう1つある」
兄上は荷物の中から古い地図を取り出した。
机に広げる。
書かれていたのはフェルゼ西側。
印がついている場所は。
旧鉱山。
「西坑道の封鎖を確認しろと言われている」
「どうして今?」
「お前が《修復》でフェルゼを立て直していると知ったからだ」
「それと鉱山に何の関係が?」
「父上は、お前ならあの扉を開けられるかもしれないと考えている」
心臓が大きく鳴った。
父は知っている。
旧鉱山の奥に扉があることも。
普通の方法では開かないことも。
「明日案内しろ」
「危険です」
「知っている。11年前に6人が負傷した」
そこまで知っていた。
「なら行かない方が」
「これは父上の命令だ」
兄上が俺を見る。
「それとも」
腰の魔導剣へ手を置く。
青い石が淡く光っていた。
「すでに何か見つけたのか?」
隠し通せると思っていた。
でも。
兄上は最初から、旧鉱山を調べるためにフェルゼへ来ていた。
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