第10話 装備で倒す
鉄扉の向こうから、巨大な魔物が姿を現した。
《黒鉄の双頭犬 Lv.14》
犬。
そう呼ぶには大きすぎる。
肩の高さだけでも直人の胸ほどあり、身体は黒い金属を思わせる硬質な毛に覆われている。
そして首から上には、二つの頭。
右の口からは赤い火の粉。
左の口からは白い冷気。
「……嫌な予感しかしないな」
久瀬直人は《迅雷の魔槍》を握ったまま、さらに一歩下がった。
前へ出るのは佐伯美月たちだ。
「来るよ!」
美月の声。
直後。
二つの口が同時に開いた。
「盾!」
大柄な男が前へ出る。
巨大なタワーシールドを地面へ突き立てた。
右の頭から炎。
左の頭から氷。
赤と白が同時に通路を埋めた。
「うわっ!」
直人は慌てて男の後ろへ入った。
轟音。
炎と冷気が盾へ直撃する。
熱い。
直後に寒い。
「何なんだよこいつ!」
「階層主だからね!」
美月が盾役の横から飛び出した。
二本の短剣。
黒鉄の双頭犬の前脚へ斬りつける。
キンッ!
「硬っ!」
刃が弾かれた。
魔物が右前脚を振るう。
美月が後ろへ跳ぶ。
その場所へ爪が叩き込まれた。
石床が砕ける。
「直撃したら終わるだろ……」
直人はさらに距離を取った。
自分が受けていい攻撃ではない。
盾役の男ですら、一撃を受けるたびに後退している。
「久瀬君!」
「はい!」
「援護お願い!」
「言われなくても!」
直人は槍を構えた。
距離。
二十五メートル。
狙う。
右の頭。
投擲。
《投擲補正Ⅱ》
青白い雷をまとった槍が一直線に飛ぶ。
黒鉄の双頭犬がこちらを向いた。
「ガァッ!」
右の口から炎。
「えっ」
槍と炎が正面からぶつかった。
爆発。
《迅雷の魔槍》が弾き飛ばされる。
「そんなのありかよ!」
直人は右手を伸ばす。
魔力を流す。
《自動帰還Ⅰ》
床へ転がった槍が跳ね上がった。
戻ってくる。
「もう一回!」
今度は胴体。
投げる。
槍が飛ぶ。
盾役と美月に気を取られていた双頭犬は反応が遅れた。
命中。
バヂィッ!
「グオオッ!」
「効いた!」
だが倒れない。
黒い毛の表面を雷が走っただけ。
「思ったより硬い!」
「階層主なんだから当たり前!」
「それさっきも聞きました!」
槍を戻す。
その間に、後方の魔術師が杖を掲げた。
「《岩槍》!」
床から石の槍が伸びる。
双頭犬の腹へ。
直撃。
だが。
バキッ!
岩槍の方が砕けた。
「防御高すぎだろ!」
魔術師が叫んだ。
弓使いの女性が矢を放つ。
目を狙っている。
右の頭が振られ、矢が外れる。
「普通に強いな……」
直人は呟いた。
当たり前だ。
Lv14。
今まで相手にしてきた魔物とは明確に違う。
美月たちはBランクを含むパーティー。
その四人ですら、簡単には攻撃を通せない。
「これ、俺の槍だけじゃ無理だ」
《迅雷の魔槍》は強い。
SSR。
黒殻獣なら二発で倒せる。
でも目の前の敵には足りない。
なら。
別の装備を使う。
直人は背負っていた《旅人の収納箱》を下ろした。
蓋を開く。
右手を入れる。
「久瀬君、何してるの!?」
「武器交換です!」
「今!?」
「今じゃないと意味ないでしょ!」
思い浮かべる。
《雷撃杖》
手に触れた。
取り出す。
左手に杖。
右手に槍。
「《雷撃》!」
電光。
命中。
双頭犬の身体が一瞬硬直する。
「今!」
美月が飛び込む。
短剣。
一発。
二発。
首元へ連続攻撃。
黒い毛が少しだけ切れた。
「通った!」
直人はもう一度杖を向ける。
「《雷撃》!」
二発目。
命中。
硬直。
槍を投げる。
《迅雷の魔槍》
首。
刺さる。
雷属性が重なる。
「グォォォォッ!」
「効いてる!」
魔術師が叫んだ。
「雷が弱点か!?」
「たぶん!」
直人は答えた。
だが。
次の瞬間。
双頭犬の二つの頭が同時に直人を見た。
「……あ」
嫌な予感。
「久瀬君、逃げて!」
直人は走った。
《疾風のブーツ》
床を蹴る。
一気に横へ。
直後。
炎。
さっきまで立っていた場所を赤い炎が覆った。
「危なっ!」
続いて冷気。
「まだ来るの!?」
避けきれない。
左腕が跳ね上がった。
《守護者の円盾》
《自動防御Ⅰ》
冷気を受ける。
盾の表面が一瞬で白く凍った。
《守護者の円盾》
耐久値:81%
「減った!」
昨日、腐泥スライムの酸で九十二%まで落ちていた。
一撃でさらに十一%。
「これ何発も受けたら壊れる!」
盾を失うのは困る。
直人はさらに後退した。
「俺狙われてません!?」
「そりゃ雷撃ってるから!」
「援護ってそういうこと!?」
「攻撃したら狙われるのは当たり前でしょ!」
「聞いてない!」
美月が笑っている。
「今それ楽しむところじゃないでしょ!」
双頭犬が直人へ向かって走る。
「うわ、来た!」
速い。
黒殻獣とは比較にならない。
槍。
投げる。
命中。
それでも止まらない。
「久瀬!」
盾役の男が横から突っ込んだ。
タワーシールド。
双頭犬の身体へぶつける。
「こっちだ!」
標的が変わった。
巨大な爪が盾へ叩き込まれる。
ドンッ!
男の身体が後ろへ滑る。
「助かった!」
「遠距離役が前に出るな!」
「出てませんよ!」
「敵が来たんだよ!」
「それは知ってます!」
直人は息を整える。
魔力。
減っている。
雷撃杖。
槍の自動帰還。
このまま繰り返せば、先に直人の魔力が尽きる。
「どうする……」
敵を見る。
攻撃は通っている。
でも決定打がない。
美月の短剣。
弓。
魔法。
どれも傷はつけられる。
しかし硬い。
なら。
直人には一つある。
圧倒的な攻撃力を持つ武器。
問題は。
「近づかないといけないんだよな……」
収納箱を見る。
中には。
《竜断ちの大剣 UR》
攻撃補正+286。
《破甲Ⅲ》。
名前の通りなら、硬い敵には相性がいい。
「……使うしかないか」
直人は《雷撃杖》を収納した。
《迅雷の魔槍》は右手。
まだ大剣は出さない。
「佐伯さん!」
「何!?」
「あいつ、しばらく動き止められます!?」
「どれくらい?」
「三秒!」
「短い!」
「俺には十分です!」
「何する気!?」
「装備替えます!」
「また!?」
美月が呆れた顔をした。
それでも動く。
「三秒ね!」
美月が左右の短剣を逆手へ持ち替えた。
「矢、脚!」
「了解!」
弓使い。
矢が二本。
前脚へ。
一発目。
弾かれる。
二発目。
関節部分へ刺さった。
「今!」
美月が飛び込む。
傷ついた脚へ短剣を突き刺す。
双頭犬が体勢を崩した。
「魔術!」
「《岩縛》!」
床から岩がせり上がり、後脚を挟む。
「久瀬!」
「はい!」
直人は槍を投げた。
首。
命中。
雷。
硬直。
「戻れ!」
槍を帰還。
すぐ収納箱へ放り込む。
そして。
箱へ右手を入れた。
「来い!」
巨大な柄。
掴む。
《竜断ちの大剣》
引き抜く。
「……え?」
美月の声。
「何それ!?」
「あとで!」
腰。
《巨人の補助帯》
《筋力補助Ⅲ》
《重量軽減Ⅱ》
大剣を右手一本で持つ。
左腕には円盾。
「重っ……!」
持てる。
だがやはり軽くはない。
一歩。
近づく。
二歩。
双頭犬の硬直が解ける。
「早いって!」
「グォォォ!」
頭が動く。
右。
炎。
「まずい!」
円盾が上がる。
炎。
直撃。
「ぐっ!」
熱い。
《守護者の円盾》
耐久値:65%
「十六%!?」
もう余裕はない。
次にまともに冷気まで受けたら危険。
直人は前へ。
双頭犬が爪を振るう。
避けられない。
盾。
「頼む!」
ガァンッ!
衝撃。
腕が痺れる。
身体が後ろへ持っていかれそうになる。
《黒狼の革鎧》
《衝撃軽減Ⅰ》
《巨人の補助帯》
耐える。
「久瀬君!」
「大丈夫!」
大丈夫ではない。
怖い。
普通に怖い。
本人は弱い。
これだけ装備していても、その事実は変わらない。
一発間違えれば。
死ぬ。
「だったら一発で終わらせる!」
大剣を振り上げる。
剣術はない。
軌道補正もない。
だから。
相手が動いている状態では当たらない。
「佐伯さん!」
「分かってる!」
美月が横から飛び込んだ。
短剣。
右の頭の目元へ。
「ガァッ!」
双頭犬がそちらを向く。
盾役の男が身体ごとぶつかる。
「押せ!」
体勢が崩れる。
魔術師。
「《岩縛》!」
足が止まる。
弓。
左目へ。
矢。
「ギャウッ!」
ほんの一瞬。
止まった。
「今!」
直人は大剣を振り下ろした。
技術などない。
ただ。
全力で。
上から下へ。
暗赤色の刃が、黒鉄の毛へ触れる。
《破甲Ⅲ》
抵抗。
一瞬だけ。
次の瞬間。
刃が入った。
「……!」
硬い毛。
皮膚。
肉。
まとめて断つ。
双頭犬の右肩から胸へ。
深い傷。
「グォォォォォォッ!」
血。
黒い身体が大きく揺れた。
「通った!」
美月が叫ぶ。
直人は大剣を引き抜こうとする。
「抜けない!」
深く入りすぎた。
最悪。
双頭犬が暴れる。
「うわっ!」
大剣を手放す。
直人は後ろへ転がった。
直後。
爪。
目の前。
「っ!」
《疾風のブーツ》
無理矢理距離を取る。
あと少し遅ければ胸を裂かれていた。
「死ぬ死ぬ死ぬ!」
「だから前出るなって!」
「今は出ないと駄目だったんですよ!」
だが。
大剣は敵に刺さったまま。
「武器取られた!」
「それ武器っていう大きさ!?」
「URなんです!」
「UR!?」
「今そこ驚かないで!」
直人は収納箱へ手を突っ込んだ。
次。
《迅雷の魔槍》
取り出す。
双頭犬を見る。
大きな傷。
血。
明らかに動きが鈍い。
倒せる。
「もう一回!」
槍を投げる。
傷口へ。
《投擲補正Ⅱ》
軌道が修正される。
命中。
バヂィッ!
「グォッ!」
雷が傷口から内部へ走る。
「効いてる!」
「全員行く!」
美月。
短剣。
盾役。
体当たり。
魔術師。
《岩槍》。
弓使い。
矢。
攻撃が一斉に集中する。
双頭犬が吠える。
二つの口。
炎。
冷気。
「散って!」
全員が離れる。
直人も走る。
《疾風のブーツ》
炎を避ける。
冷気。
ギリギリ。
服の端が白く凍った。
「危な……!」
魔力。
かなり減った。
「あと何回戻せる?」
二回。
三回。
分からない。
「だったら戻さない」
直人は槍を握る。
次に投げたら。
拾いに行く。
「佐伯さん!」
「何!」
「あいつの右側空けて!」
「分かった!」
美月が左へ回る。
敵の注意もそちらへ。
直人は右。
距離。
二十メートル。
「これで最後!」
投擲。
青白い雷。
大剣で作った傷口。
そこへ。
槍が吸い込まれる。
深く刺さった。
雷。
内部。
「グ――」
双頭犬の身体が硬直する。
膝が落ちた。
「今!」
盾役が正面から突進。
魔術師の岩槍。
美月の短剣。
最後に。
弓使いの矢が、残った左目へ刺さった。
黒鉄の双頭犬が一度だけ大きく震える。
そして。
巨体が崩れ落ちた。
轟音。
静寂。
直人の目の前に表示が浮かぶ。
《第三層階層主》
《黒鉄の双頭犬 Lv.14を討伐しました》
「…………」
誰もすぐには動かなかった。
「終わった?」
直人が聞く。
「……たぶん」
美月が答える。
「本当に?」
「表示出たでしょ」
「出ました」
「じゃあ終わり」
「……よかった」
直人はその場へ座った。
「怖すぎる……」
「UR大剣持って突っ込んでおいて何言ってんの」
「本人はEランクなんですよ」
「もうその言い訳聞き飽きた」
「言い訳じゃないです」
本当に弱い。
装備を全部外したら、第三層どころか第一層で苦労する。
美月が倒れた双頭犬を見る。
身体には《竜断ちの大剣》が刺さったまま。
さらに《迅雷の魔槍》。
「……久瀬君」
「はい」
「あの大剣」
「はい」
「UR?」
「そうですよ」
「なんでEランクがUR持ってるの?」
「拾いました」
「…………」
「呪われてたんで、綺麗にしました」
「…………」
美月が顔を覆った。
「もう嫌、この人」
「何でですか」
「常識が壊れる」
「俺は普通ですよ」
「絶対違う」
盾役の男が笑った。
「美月がこんな振り回されてるの初めて見たわ」
「笑わないで!」
直人は立ち上がる。
まず槍。
抜く。
次に大剣。
《巨人の補助帯》の力を借りて引き抜いた。
収納箱へ戻す。
そして。
「盾……」
確認。
《守護者の円盾》
耐久値:65%
「やばいな」
「修理出した方がいいよ」
「自分でやってみます」
「……まさか」
「《浄化》」
「浄化って修理魔法じゃないからね?」
「知ってます」
「本当に?」
直人もそこは疑問だった。
ただ、今まで呪い装備を浄化すると、破損まで直ることが何度もあった。
試してみる価値はある。
「帰ったらやります」
そのとき。
奥から低い機械音。
鉄扉横の表示が切り替わった。
《第三層階層主討伐を確認》
《第四層への経路を開放します》
「開いた」
扉のさらに奥。
階段。
下へ続いている。
「第四層……」
直人は思わず一歩進んだ。
「久瀬君」
「はい」
「今日は帰るよ」
「…………」
「その顔やめて」
「ちょっとだけ」
「駄目」
「入口だけ」
「絶対駄目」
「見るだけ」
「昨日もそれ言って第三層歩き回ったでしょ!」
「よく覚えてますね」
「覚えるわ!」
直人は階段を見る。
第四層。
行きたい。
「……一分」
「駄目」
「三十秒」
「何で交渉になってるの」
「十秒」
「子供か!」
結局。
美月に首根っこを掴まれるようにして、直人は地上へ戻ることになった。
◇
探索者協会。
階層主討伐の報告。
素材の精算。
魔石。
報酬。
「四十八万円?」
直人は表示された金額を二度見した。
「階層主の討伐報酬と素材売却分を五人で分配した金額です」
受付職員が説明する。
「一回で?」
「はい」
「……階層主って儲かるんだな」
美月が横から言った。
「命かかってるからね」
「もうやりたくないです」
「第四層行くなら、もっと強いの出るよ」
「…………」
「なんでちょっと嬉しそうなの」
「強い装備も落ちてそうだなって」
「やっぱりそこ!?」
直人は四十八万円を受け取った。
数日前なら飛び上がっていた金額。
今でも十分嬉しい。
でも。
それ以上に気になっている。
第四層。
何がある。
何が落ちている。
誰が捨てた装備が眠っている。
「明日だな」
呟く。
「明日行くの?」
「行きますよ」
「一人で?」
「そのつもりです」
「…………」
美月がものすごく嫌そうな顔をした。
「何ですか」
「絶対また何かやらかす」
「やらかしません」
「昨日、呪い槍拾ってSSR」
「はい」
「今日はUR大剣持って階層主戦」
「はい」
「明日は?」
「ゴミ拾い」
「もう嫌」
直人は笑った。
◇
その夜。
帰宅。
直人が最初にしたのは、《守護者の円盾》を床へ置くことだった。
耐久値:65%。
「試すか」
手をかざす。
「《浄化》」
白い光。
盾を包む。
数秒。
光が消える。
「……あれ?」
表示を見る。
《守護者の円盾》
耐久値:72%
「直った」
少し。
もう一度。
「《浄化》」
八十%。
「やっぱり修理される」
普通の《浄化》ではあり得ない。
協会の資料にも、そんな効果は書かれていなかった。
呪いを除去する。
汚染を除去する。
そこまでは分かる。
でも。
破損まで消える。
「俺の《浄化》……何なんだ?」
初めて、少し真剣に疑問を持った。
これまでは便利だから使っていた。
だが明らかに普通ではない。
「まあ……」
盾を見る。
修理できる。
「便利だからいいか」
考えるのをやめた。
もう一度。
《浄化》
耐久値八十八%。
魔力が減る。
「今日はここまで」
盾を置く。
風呂。
飯。
寝る。
そのつもりだった。
だが。
スマートフォンが震えた。
探索者協会から通知。
「何だ?」
開く。
《探索者ランク審査対象者への通知》
「……ランク?」
読む。
《久瀬直人》
《現ランク:E》
《第三層階層主討伐への参加実績、および第三層における継続的な討伐実績を確認しました》
《Dランク昇格審査の受験資格を満たしました》
「…………」
直人はしばらく画面を見る。
「Dランク」
数日前まで。
第一層のゴブリンを倒すだけで精一杯だった。
Eランク。
治癒魔法を使えないヒーラー。
パーティーにも入れてもらえない。
それが。
ゴミ捨て場で一本の短剣を拾った。
ただそれだけ。
そこから全部変わった。
「……受けるか」
Dランクになれば、利用できる施設が増える。
ダンジョン内で許可される行動範囲も広がる。
何より。
より深い階層へ行きやすくなる。
つまり。
「もっといいゴミ拾えるじゃん」
結局、そこだった。
直人は受験申請を押した。
そして翌日。
第四層で。
彼は初めて目にすることになる。
これまで拾ってきた《呪われた装備》とは明らかに違う。
誰かに捨てられたわけでも。
魔物に汚染されたわけでもない。
最初から《呪い》そのものとして生まれた装備を。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
面白かったら、★で高評価・フォローしていただけると嬉しいです。
よかったら応援よろしくお願いします!
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