退魔師である青年のリインは、相棒である魔物のシャンタナに喰われないため、夕食と夜話で彼の原因不明かつ治ることのない「飢え」を紛らわせる。
自分が喰われないために、薬師としての高い実力を活かしたスパイス捌きがたっぷりと発揮される。振る舞われるエキゾチックな料理は自白剤という暴力的な香りを漂わせる。
しかし一口食べれば、その料理に込められた優しさがシャンタナを宥め、虜にしてしまう。
彼に過去を話させる夜話は、彼の「飢え」の根本的な原因を見つけ出すための試みでもあった。
今宵もリインとシャンタナの長い一夜がはじまる。
シャンタナが話すリインと出会う前の人間たちとのエピソードの数々。その温度や質感からは、彼がどんな想いを抱きながら彼らと共に歩んできたのかがよくわかる。
リインが話すエピソードからは、彼がシャンタナにどんな想いをもって接するべきなのかを迷っていることが伝わってくる。
彼は嫉妬や葛藤を抱えながらも、目の前の相棒が美味しそうに料理を頬張る姿を、紛れもない真実だと受け止めている。
過去の夜話が、二人のやりとりの映像をより鮮明にするほどに、彼らの夜は深く昏いところに堕ちていく。
いずれにせよ、誰かの過去を追体験する感覚は、幼い頃、寝る前に読んでもらった本がやけに面白かったことを思い出す。章や節ではない独自の区切れ目でお預けを食らうこと。読み聞かせてもらえること自体がうれしくて、本の内容なんてどうでもよかったこと。灯りを消され、一人で部屋に残されるのが悲しかったこと。
彼らの語らいによって明かされる昔話は、彼らを知るということ以外にも、読み手の記憶をほのかに呼び起こすような心地の良いリズムを感じる。
「今宵はここまで」
この言葉が出てくると、ノスタルジーはパッと弾ける。
ここから先をもっと知りたいというフラストレーションは、物語を味わうための最大のスパイスであることを強く再認識させられるのだ。
シャンタナはなぜ「飢え」ているのか。
この謎すら忘れさせる美味しそうな料理の描写と、癖の強い昔話の中で溺れていく夜。
リインがいつ食べられてしまうかわからない恐怖の中で、それでも彼の飢餓の謎に寄り添おうとするとき、そこには千夜一夜で語りつくせないほどの深い想いが溢れてくるのだ。