アウトロー:交響詩「ドーパミン少年達よ」

篤永ぎゃ丸

主題

 オーボエが響かせる【ラ(A)】に管楽器が同じスケールを重ね、弦楽器にも波及していく。オーケストラが演奏前に行うチューニング音を脳内に響かせ、薄暗い舞台裏に佇むのは清藤(せいとう)奏士(そうし)という十八歳の少年。

 メガネに黒蝶ネクタイと燕尾服。演奏家のドレスコードに身を包み、たった一人で開演の時を待っている。奏士(そうし)は内から湧いてくる静かなる高鳴りと、同じ音階だった瞬間を探す。瞳を閉じて浮かび上がるのは、聴衆を包み込むホールの中で一番安いZ席。


「朝(アサ)」


 奏士(そうし)が一言口遊むと、クラシックコンサートが終わった直後に巻き戻る。音が無くなっても全員がグッと我慢しているのは、指揮者がまだ両腕を下ろしていないからだ。

 フッと手が脱力したと同時に客席から拍手が送られ、呼吸を整えた指揮者が楽団に起立を促した。鳴り止まない賛辞に後押しされながら、指揮者は左隣にいるヴァイオリン主席奏者と力強い握手を交わす。


『なあ、奏士(セージ)』


 Z席で控えめに手を叩く奏士(そうし)は名を呼ばれて左を向く。隣に座る少年は同じ年柄で、派手茶髪(ブラウン)と悪羅悪羅(オラオラ)した服装は上品から掛け離れている。だが会場のハーモニーが、それに口出しする余地を与えない。


『オレでも、こういう曲作れるかな』


 緑色の瞳が舞台照明(ホリゾント)で輝くのを、両手に刻まれた五線譜(タトゥー)が強く跳ね返るのを、奏士(そうし)は脳裏に焼き付ける。聴衆達の熱心な拍手を跳ね除けて、再び静寂が染みる舞台裏に戻ってきた。


「朝(アサ)で無理なら、僕はここに立ててない」


 バサッと上着を脱ぎ捨て、蝶ネクタイを引き剥がし、奏士(そうし)は歩き始めた。瞼を上げて再び現在を見つめてみると、目の前には照明が落ちた舞台がある。それは思い返した場所によく似たコンサートホールだ。

 観客席に人の気配は全くない。それは望まれた公演ではない。それを承知の上で奏士(そうし)は前に進む。脚光が存在しない場所の中央まで辿り着くと、小さくカラフルな光が手元を照らした。


「今に見せてやるよ、クソババア」


 暴言を吐いたと同時に奏士(そうし)はヘッドホンを耳に装着する。ピアニストにように視線を落すと、フェーダー、スフェーダー、ジョグホイール、テンポスライダー、イコライザー、そして時計回りに回転する二枚のディスクがあった。


「朝(アサ)、準備は出来てる?」


 右人差し指を再生(プレイ)ボタンに手を添えると、奏士(そうし)の背後に幻影が並ぶ。フルコンサートグランドピアノの前に姿勢正しく座るのは、Z席の隣にいた不良少年。喧嘩慣れした指が鍵盤に添えられる。


 ミミファソ ソファミレ ドドレミ ミレレ


 ひとつ、ひとつ、ていねいに弾かれるフレーズ。それは《よろこびの歌》の導入。作曲者はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェン——【交響曲第九番 第四楽章】

 その四分の四拍子に合わせて、リズミカルに身体を揺らす奏士(そうし)は再生(プレイ)を押す。規則的な四つ打ちのキック音、それはクラブを彩るテクノミュージック。

 電子音のボリュームが上がる、テンポが上がる、そして奏士(そうし)は両手を上げて飛び跳ねる、無観客のホールで少年は全てをブチアゲた。非日常のサウンドシステムを浴びせかけるために。


「DJセージ、ブレイク……ダウンッ‼︎」

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