この物語を読んでまず最初に頭に浮かんだのはボッカチオの「デカメロン」である。
誠実なナスタジオという話の中に死を永遠に繰り返す男女の話が存在する。
死によって分たれた二人は神の罰か、あるいは恩恵かによって死によって永遠に結ばれる。
件の話では男が女を殺し続ける倒錯した愛、女が自分の全てを曝け出す狂愛、そんなものが描かれる。
その官能は本作でも香っている。
ちゅうぶらりんで描かれる、目の前で愛するものの死を見るということはなんとも官能的な響きを孕んでいる。
そしてそれと同じ程愛するものに自らの死を見せるというのもエロティシズムのある行為であろう。
なんせ、彼の死を目の前で見てしまった彼女は文字通り巻き戻っても忘れることができず、永遠の執着をすることになる。
そして彼女が自らの死という結論を出した時、再び物語は一行目へと巻き戻る。
その回転は、狂気は、なにを生み出す?
無なのか、はたまたループすらも壊すものなのか。
少なくともハッピーエンドには辿り着けそうもない。
ただ夏の太陽に照らされるだけ。
そう。カミュが「異邦人」で書いたように、太陽には魔力がある。光を浴びるものを狂わせる何かが。
殊更夏はそうであろう。生命が最も高まり、同時にもっとも死の香りを漂わせる季節なのだ。
夏は終わらない終着点である。
そんな雰囲気を感じました。
最後に。適当書きすぎました!ごめんなさい(´∀`*)
夏暑すぎますよね!