秋は、少しだけ世界がおかしくなる。
第2回カクヨム短歌賞・1首部門応募作品となります。
筆者様が応募される1首部門の作品はこれで9弾目となり、それぞれが素晴らしい世界観をお持ちになられておりますので、皆様も是非お読みになられると嬉しいです。
さて、【カクヨム短歌賞】選考委員・青松輝さんインタビューを私は読ませて頂きました。このタイミングで出されるのもある意味残酷なのですが、端的にまとめますと、
①傾向と対策を考えて、そこに寄せてくる人もいるかもしれません。でも僕は、むしろそういう文脈を裏切るような作品を採りたい。
②ニッチすぎるもの、内輪ウケだけを取れる、外に向かって開かれていない作品は「カクヨム短歌賞」という賞のスケールには見合わないとは思っています。
③自分にとって必然性のあるものを書いてくれると嬉しいですね。加えて言えば、作者にとって必然性があるだけでは読者にそう思ってもらうことは難しくて、そのためには技術面で優れていてほしい。
④「2026年現在のこの状況下で、いまこれが出てくるんだ」というメタゲーム上の真新しさということです。(「必然性」「技術性」「現代性」の3つを選考基準を聞かれ)。
私なりに要約しますと「傾向と対策で俺らっぽい短歌を詠んでも駄目だぜ、新しいの出せ、新しいの! ただし、隙のないもんだぜ、脇を締めろよ、わかったか、おい!」という事です(笑)。
で、私が思うのは「必然性」「技術性」「現代性」という基準が難しそうですが、「苦悩」して詠み「リズムよく」「ダサくなんない感じ」という事だろうと(笑)。
さて、少し長くなりましたが本作です。
1首応募となるのは、
秋風は魔法ね みんなガラスダコみんなガラスダコになればいい
です。ガラスダコというのは深海200メートルから4.000メートルに生息するほぼ完全に透明な体と独特な長方形の目を持つタコです。映像で見るととって神秘的です。
こちらの短歌はこの「ガラスダコ」という存在を知る事で、非常に味わい深く変わります。何故、みんなが「ガラスダコ」になればいいと願うのでしょうか?
単に透明になりエモい感じで秋風を受けるなんて事とは違い、僕は水域について感じました。僕らは生きてます、それは皆同じだけど様々な水域で生きているのです。同じ水域の人もいれば、まるで違う水域の人もいます。
だけど、「秋」という風が吹いて、僕らは感じるのです。それが同じであるならいい、透き通る様な透明さで、僕らは「秋」という時間を同じく感じる時に「ガラスダコ」になって、みんな深い場所で頷こうよって言っている気がしました。
お勧め致します。
現代短歌はそのベースに、日常性と違和感の発見があると思います。その中でこの1首の「わけわかんないけどじわじわ来る」という感覚、昨年の受賞作とは違う「令和な精神性」の新しさ、その息吹が感じられませんか?
皆様、宜しくお願い致します( ;∀;)
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