おっしゃるとおり、生成AIを使うかどうかは個人の自由ですが、
このエッセイにおける「イラスト」の部分を「小説」に置き換えて考えてみてください。
ここに書いてあるのと同じ理屈で、
法的に問題が無く倫理的にも個人の自由だからといって、
「AI生成小説があるから、人間の作家なんかもういらない」と言われる時代が来たら、
もちろんあなたはそういう状況を受け容れるんですよね?
発表したそばからAIに食われると分かったうえで、新作を書き続けるんですよね?
あなた自身に不利益が及んだ途端、手のひらを返したりしませんよね?
理屈を並べ立てるほど、その理屈自体によって、
あなた自身の退路を塞いでいるということが分かっていないのではないでしょうか?
政府もマスメディアも大企業も生成AIの味方で、大金が投じられており、
日本に限っては、国を挙げて生成AIを推しまくる潮流はもう止められず、行き着くところまで行ってしまうのでしょうけど、
そんな胡散臭い時勢だからこそ、「本当にこのままでいいのか」と疑い続ける人間がいることが必要だと自分は思います。
作者からの返信
ご意見ありがとうございます。
私、「イラストレーターはもういらない」などと書きましたでしょうか?
むしろ、イラストレーターの方々には敬意を払っていることも本稿で書いております。
イラストを描く方々を否定したのではなく、AIによるイラスト生成を「AIだから」という総論で否定する意見に疑問を覚え、それに対して要素を分解して検証したのが本稿となります。
また、小説の領域については、すでに生成AIを利用した作品がコンテストで受賞し、投稿サイトのランキングに入る状況も起きています。
私たち物書きも、すでに生成AI作品が存在する環境の中で書いているわけです。
その上で私は自分の中にある「書きたいこと」を表現するために、今も書き続けています。
「そんな時代が来たらどうするのか」という問いへの回答としては、これが私の回答です。
疑い続けることは、私も必要だと思いますよ。
ただ、「AIイラストの利用を一律には否定しない」という話から、「人間の作家が不要になる状況も受け入れるべきだ」「自分に不利益が及んでも反対してはいけない」とまで話を拡張することは、少し違うのではないかと私は考えております。
作品冒頭に記載した通り、議論を目的としたわけではございませんので、私からのご説明は以上とさせていただきます。
お読みいただき、ありがとうございました。
考えさせられる内容で、大変興味深く読ませていただきました!理路整然と進む論調が心地よく、なるほどなるほどと頷くところが多かったです。
言及されたような、AIイラストに極端な忌避を示すプロ作家の方は、私が観測しているだけでも複数いらっしゃるのですが、ちょいと決めつけが過ぎやしないか、と私も思っています。
主語大きな意見はどうにも乱暴に聞こえます。乱暴な方が拡散しやすいのでしょうけど、あまり建設的とは言えないですよね。
作者からの返信
鷹森涼さん、ありがとうございます!
ちゃっぴーとひたすら議論した甲斐がありましたかね。あの子、たまにこっちが言っていることを曲解して返してくることもあるので、気を付けないと変な方向に言いくるめられそうになるのが難点でしたけど(笑)
> AIイラストに極端な忌避を示すプロ作家の方
これに関しては、私はそんなに気にしていないというか。
変な例えですけど、私がハンバーガー専門店の横でマックのチーズバーガーを食べているところに、第三者が出てきて「専門店の職人に失礼だろ! ちゃんとそっちで買えよ!」と怒鳴ってきたところで、「何コイツ?」となりますから(笑)
専門店の人自身がどう思っているかならまだ分かるんですが、第三者がその人たちの気持ちを代弁して、こちらの選択まで決めようとすることには、あまり意味を感じないんですよね。
編集済
私はほら、イラストレーターじゃないけどギリギリ描く側の人間だから、向こう様が言いたいこともわからないでもないんです。
かといってイラストで生計立ててるプロ絵描きです!でもないから、完全に向こうの気持ちがわかるわけでもない。
という半端モンなので、基本生成イラスト表紙については言及を避けてたんですが、ちょっとだけ。
前、2回くらいお遊びで生成イラストをXに載せたことはあるんですが、実はやるまで結構葛藤してました🤣
本当にやっていいのか、倫理的にやめたほうがいいんじゃないか、一度手を出したら自分で絵を描くモチベが下がるんじゃないかって。でも「みんなでキャッキャしてぇー!」が勝って、アップしたんですけどね。
でも案外、自分で描くモチベが下がったとか、そんなことなくて。
むしろ創作界隈のみなさん、ヘッタクソでも手描きの新規絵ってことに温かいリプライをくれるんですよね。それがある種のモチベでもあるんですよ。
自分の癖を自分で表現する、それが出来るならそれ以上の喜びはないし、そうでないなら生成に頼って表現するのも100%悪ではないはず、と思っています。
ただ小説と同じで大量投稿で手書きを埋もれさせるとか、そういうのはどうかと思いますけどね。ようは使う本人の良識なんですよね……。そこが一番の問題かなって思います。
作者からの返信
みこさんならきっとご意見くれると思ってました🤣
描く側でもあるからこその葛藤、とても分かりやすかったです。
私も手描きか生成AIかのどちらかを排除する話ではなく、生成AIを使ったものはきちんと明示する、投稿先や企画ごとにルールを決めるみたいに、お互いが選べる形で棲み分けできればいいのかなと思ってます。
生成AIを使う際の大量投稿についても、AIそのものが問題というより、使い方や運用の問題だと思っているので、そこもみこさんとはスタンスが近いのかなと思います。
この手の話題になると「AIだから」という表現が便利に使われすぎてしまって、本当は問題点がそこではないのにと思う場面が散見されます。
そこをきちんと切り分けて話し合えれば、もう少し建設的な話ができると思うんですけどね。
これはイラストの領域だけでなく、物書きとしての領域でも同じだと思っています。
最終的に、使う自由と、使わない・見ない自由の両方が守られる形になれば、一番平和なんですけどね💦
まさにイライラして食ってかかってしまった1人でしたのですが、自分の考えをあたかも全体として同調圧力かけるようなことを先駆者がやるのはやりすぎでしょう、とも思った話でした。
著作権についてはAIだからとかそもそも関係なく使い方の話だと思います。費用対効果で自然と選択肢として、AIを選ぶに対して必要以上にそれは悪だ、みたいなのはちょっと違うでしょ、と思います。
必要なところには創作者の自由意思でツールを選択する、というだけの話なのになぁ、と思うし、それでイラストレーター全体に敬意が無いとかだいぶ論理の飛躍ですね…
作者からの返信
お読みいただきありがとうございます。
今回はAIイラストに絞って、著作権や倫理、個人の好き嫌いなどを一度分けて考えてみたいと思い、整理してみました。
ひとまとめにせず、それぞれの論点を切り分けて考えることが大切なのかなと思っています。
ご感想ありがとうございました。
とても丁寧にご自分の考えを述べられているので、とても好印象です。
作者からの返信
あー、ピンチョスさん、見つけるの早すぎです。誰にも知らされずひっそりいようとしたのに(笑)
でも偏らないようには特に気をつけました。ちゃっぴーに意見ぶつけつつ、問題の射程を超えた時には、「それは話が飛びすぎ」と常にツッコんでもらいつつ、問題深堀りしていって。
ピンチョスの判断はとても信頼できるので、そう言ってもらえて少しホッとしました。
編集済
AIイラストって結局なにがダメなの? 気になったので全部バラしてみたへの応援コメント
議論的コメント含めて、とても興味深かったです。
AIが補助することで、小説や文章を理路整然と書けるようになった人は多いですよね。すくなくとも私はそうです。
AIイラストを否定的結論にもっていく根幹には「人間だけが創造できる」「その職が失われる」があって、創造分野その前提そのものが崩れてしまうからではないかなあといつも感じます。
かつて絵画・音楽・映像・文は「人間にしか生み出せない創造」の証明だった。ところが生成AIは、膨大な既存作品から色、構図、語調、旋律、物語構造などの関係を学び、それらをそのままコピーするのではなく、条件に合う組み合わせを選び直すことで、新しい出力と芸術性や文学性まで作れることを実証してしまった。学習は今も続き、この2年で無料でもそれなりの生成物が出てくる。
「創造」とは天才の特権ではなく、既存のものの間に人間がまだ選ばなかった選択肢を見つける発掘である、ということを証明してしまったのではないかと思います。いずれ、総当たりや量子AIで発掘しつくされるのかもしれませんが。(そのときには人間の寿命の長さのほうがネックになりそう)
生成AIそのものが無かった世界に戻ることはもうありませんから、いかに生成AIを自分に取り込んでいくかが重要になるし、イラストの手書き能力や天才というレガシー資産は今までよりさらに相対的に価値があがっていくのではないかと思いますね。
と斜め上の感想をおいていきます。(*´ω`*)
作者からの返信
豚の欲目(欲まみれの豚)さん、ご感想ありがとうございます!
『創造』とは?という視点はとても面白いなと感じました。
例えば「新しいものを生み出す」という一点に関しては、これまで人間にしか出来ないと思われていた領域でも、生成AIが新しい成果物を生み出せるようになった。
これは私も賛同できます。
しかし、それがそのまま『創造』と呼ばれるものなのか?これについては、また別種の議論が必要にも思えます。何故なら、『創造』という言葉そのものが一意の定義を有しているわけではないからです。
また、「手描き能力そのものの価値が上がる」という点については、私は少し違う捉え方をしています。
絵や小説には、作品そのものを評価するための基準がすでにあります。そこは完成した成果物そのものへの評価であって、人が作ったから、AIが作ったからということとは別なのだろうと。
ただ、AIによって作られたものと、人間が身につけた技術によって作られたもの、その制作過程の違いに別の価値を見出すことは自然なことだと思います。
こうした価値観自体は、すでに工芸品などの分野でも見られるものだと思いますが、AIの浸透によって、創作の分野でもこれまで以上に強く意識されるようになるのではないかと考えています。
つまり、手描きだから作品そのものの評価が上がるというより、「誰が、どのように作ったものなのか」という別の評価軸が、より明確になっていくのかなと。
実際、そういう声もチラホラ聞きますし、私自身もAI生成物と人間による制作物は分けて表示してほしいと考えていますので。