第25話 十月六日。
十月六日。
九時十二分。
五十嵐さんたちが、
ロッカーの話をしていた。
――――――――――――――――――
[住民記録係]
09:12 五十嵐 恵美
今日ロッカー開けるんだって
09:12 金子 千尋
鍵ないやつですか
09:13 五十嵐 恵美
そう
施設課の人来るって
09:13 金子 千尋
何年開いてないんですか
09:14 五十嵐 恵美
私が来たときから
開いてない
09:14 金子 千尋
えー
09:15 五十嵐 恵美
中身たぶんゴミだと思う
――――――――――――――――――
十時過ぎ。
総務課から、
照会の回答が届いた。
――――――――――――――――――
湊川市総第509号
令和8年10月6日
市民部住民課長 様
総務課長
過去の職員配置に関する
照会について(回答)
標記について、下記のとおり
回答します。
記
1 照会期間における
市民部住民課住民記録係の
配置は次のとおりです。
平成26年度
五十嵐 恵美 金子 千尋
平成27年度
五十嵐 恵美 金子 千尋
平成28年度
五十嵐 恵美 金子 千尋
平成29年度
五十嵐 恵美 金子 千尋
平成30年度
五十嵐 恵美 金子 千尋
2 なお、同係の定数は4名ですが、
上記期間を通じて1名欠員です。
3 「簗瀬」という職員の在籍記録は、
本市の職員名簿
(昭和42年度以降・全年度)に
確認できません。
担当
総務課人事係 中井
――――――――――――――――――
何度か、
読み直した。
「簗瀬」という職員の在籍記録は、
確認できません。
平成三十年だけではない。
昭和四十二年度以降、
全部。
簗瀬という職員は、
湊川市役所に一度も在籍していない。
「…………」
そんなはずがない。
久世先生のメールには、
名前が残っている。
平成三十年九月十一日。
湊川市役所の、
簗瀬さん。
海内会でも、
複数の人がその名前を覚えていた。
五十嵐さんも、
前にいた人の話を、
何度もしている。
でも、
公式の職員名簿には、
いない。
◇
もう一ヶ所、
気になるところがあった。
同係の定数は四名。
書かれている名前は、
五十嵐さん。
金子さん。
二人。
その下には、
「1名欠員」
とある。
定数四名のところ、
配置二名に
欠員一名。
4−2で2名足りてないはずなのに。
……欠員1?
計算が合わない。
三人分しかない。
何度数えても、
同じだった。
誰か一人、
名前はないのに、
人数にだけ入っている。
そう見えた。
総務課に確認しようかと思った。
でも、
十七時から、
例のロッカーを開ける予定だった。
先に、
そちらを見ることにした。
◇
十七時二十分。
施設課の宮田さんと、
戸波課長が五階書庫へ来た。
「これ?」
「はい」
「古いねえ」
宮田さんが、
ロッカー3の鍵穴を覗いた。
「壊していいですか」
課長を見る。
「できれば壊さないで」
「じゃあ、ちょっと時間かかりますよ」
金属音がした。
数分。
「開きました」
扉が開いた。
◇
中から、
変な物は出なかった。
最初に見えたのは、
湯呑みだった。
白い、
どこにでもありそうな湯呑み。
その隣には、
薬があった。
胃腸薬。
鎮痛薬。
睡眠改善薬。
栄養ドリンク。
替えのワイシャツ。
歯ブラシ。
傘。
「なんだ。やっぱり昔の人のじゃない?」
課長が言った。
「そうみたいですね」
宮田さんも、
特に気にした様子はなかった。
誰かが、
ここで仕事をしていた。
そういう物ばかりだった。
◇
ひとつずつ、
机の上に出して、
確認した。
薬は、
全部開封されていた。
一部は、
使用期限が切れている。
ワイシャツは二枚。
歯ブラシは、
透明なケースに入っていた。
傘は、
コンビニで売っているような、
安いビニール傘だった。
でも、
名前はどこにもない。
名札。
職員証。
印鑑。
そういうものだけが、
なかった。
代わりに、
奥から、
クリアファイルが一冊出てきた。
背表紙には、
「4」
とだけ書いてある。
開こうとして、
指をかけた。
「奥津くん」
「あ」
戸波課長だった。
「それは開けなくていいよ」
「……はい」
「誰の物か分からないんでしょう」
「はい」
「だったら、一旦そのまま保管」
「……分かりました」
手を離した。
◇
その下から、
小さなボイスレコーダーが出てきた。
黒い、
少し古い型だった。
ラベルはない。
何が録音されているのかも、
分からなかった。
「…………」
「これも動作確認します?」
宮田さんが聞いた。
「いや」
戸波課長が答えた。
「それもいいです」
「中身、聞かなくていいですか」
「所有者分かってないしね」
「了解です」
課長がこちらを見た。
「奥津くんも、勝手に聞かないでね」
「……はい」
「ファイルも」
「はい」
返事をした。
◇
最後に、
額に入った表彰状が出てきた。
――――――――――――――――――
表 彰 状
殿
あなたは事務改善において
優れた成果を挙げ、市政の
効率化に大きく寄与されました。
ここにその功績をたたえ
表彰します。
平成二十八年十一月
湊川市長 ◯◯◯◯ ㊞
――――――――――――――――――
名前のところだけ、
空白だった。
「これ、名前ないですね」
「ああ」
課長が覗いた。
「印刷ミスかな」
「表彰状なのに?」
「昔のことでしょ。分かんないよ」
それ以上、
課長は何も言わなかった。
◇
ロッカーから出た物は、
全部記録した。
――――――――――――――――――
備品開扉記録
備品番号
JY-0123
(ロッカー3)
開扉年月日
令和8年10月6日(火)
17:20
開扉理由
鍵紛失のため、
施設課立会いのもと解錠
立会者
施設課 宮田
住民課 戸波課長
奥津
収納物
1 クリアファイル 1冊
※背表紙「4」
2 湯呑み 1個
3 医薬品 8点
※すべて開封済み
※一部使用期限切れ
4 栄養ドリンク 4本
5 替えのワイシャツ 2枚
6 歯ブラシ 1本
7 傘 1本
8 ボイスレコーダー 1台
※ラベルなし
9 表彰状(額入り)1点
※平成二十八年度
事務改善表彰
※受賞者氏名欄 空欄
処理
所有者不明のため、
収納物一式を箱詰めのうえ
住民課にて保管する。
所有者確認まで、
資料の開封及び
記録媒体の再生は行わない。
――――――――――――――――――
段ボール箱に、
一つずつ戻した。
湯呑み。
薬。
シャツ。
歯ブラシ。
傘。
クリアファイル。
ボイスレコーダー。
最後に、
表彰状。
蓋を閉じた。
ガムテープが貼られた。
その上に、
紙が一枚貼られた。
――――――――――――――――――
所有者不明物
開封・再生禁止
――――――――――――――――――
箱は、
五階書庫の書棚に置かれた。
ロッカー3の、
すぐ横だった。
◇
十九時前。
席に戻った。
朝届いた、
総務課の回答が、
まだ机の上にあった。
「簗瀬」という職員の在籍記録は
確認できません。
でも、
誰かが使っていたロッカーはある。
誰かが飲んだ薬もある。
誰かが使った歯ブラシもある。
だが、
中に何が入っているのかは、
確認してはいけない。
◇
手帳を開いた。
――――――――――――――――――
10月6日(火)
=============
8
9
10 総務課 回答
11
12
1
2
3
4
5 ロッカー解錠
6
=============
MEMO
簗瀬
職員名簿にいない
昭和42年度以降
全部の名簿で
◇
定数4
五十嵐さん
金子さん
欠員は常に1
あと1人は?
◇
ロッカー3
誰かが使っていた
◇
ファイル「4」
中身は見ていない
◇
所有者不明物
開封・再生禁止
――――――――――――――――――
手帳を閉じた。
帰る前、
五階書庫の前を通った。
中には入らなかった。
箱は、
あそこにある。
ファイルも。
ボイスレコーダーも。
何が入っているのか、
まだ分からない。
開けようかと思ったけど、
課長の言葉を思い出して。
その日は、
開けられなかった。
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