非番の流儀

書仙凡人

第1話 非番とは

   [1]



 非番……それは、警察や消防、自衛隊等の組織で、当番勤務が終わった後の時間の事である。

 断っておくが、労働基準法で定められた週休日ではない。

 あくまでも勤務時間外の事である。

 この物語は、南谷我なんやわれ警察署の警務部・留置管理課に勤務する佐久間修一・27歳の非番冒険譚である。


   *


「ふぅ……煎りたての良い香りだな……」


 佐久間修一はそう言って、湯気の立つ珈琲を口に運んだ。

 修一は今、姉の探偵事務所があるビル1階の喫茶店『惑星間移動』のカウンター席にて、午後の珈琲タイム中であった。

 修一が姉の仕事を手伝わされた後は、大概ココである。

 この喫茶店は壁紙やオブジェが、宇宙空間を模している。

 カウンター席と9つのテーブル席があり、それぞれに太陽、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星、冥王星の名前が付けられていた。

 冥王星は今だと準惑星扱いだが、ここではまだ惑星のようだ。

 ここの店主の拘りなのだろう。

 修一がいるカウンターは太陽席となっていた。

 カウンターの向こうには、ツルッパゲで恰幅の良いマスターが、ニコニコと人の好い笑みを携えながら珈琲を入れている。

 その輝く頭部は、正に、といった感じだ。

 ちなみに、修一の姉である茜も隣で珈琲タイム中である。


「悪いわね、修一。冬の寒い中、また手伝ってもらって」


 茜はボーイッシュなショートヘアが特徴の三十路で、服装はスーツ姿。

 なかなかの美人だが、髪形同様、やや男勝りの雰囲気を持つ女性だ。 


「それはいいけどさ、姉貴はちゃんとした求人掛けてんの? 小さい事務所とはいえ、バイトだけじゃキツいでしょ? 時々、浮気調査の張り込みに元刑事のおっちゃんをお願いしてるみたいだけど……」

「まぁね。でも、こういう時代だから仕方ないのよ。それに人手といっても、探偵業に向き不向きもあるしね。それはそうと……修一が来てくれたら大助かりなんだけどね。今の仕事、辞める予定ないの?」


 茜はそう言って、テーブルにあるモンブランを口に運んだ。

 ここのモンブランが茜のお気に入りだ。


「今んとこ、警察を辞めるつもりないよ」

「警察といっても警務部の留置管理課でしょ。3交代だし、窓際部署とかいう噂もあるけど?」

「どう思おうと勝手だけど、流れに逆らわずに生きているだけだよ。今の部署が天命というやつさ。足掻くばかりが人生でもないし。というか、3交代だから姉貴の手伝いできるんだけどね。勿論、職場には内緒で、だけど」


 これが修一の流儀であった。

 つまり性根は、川の流れに身を任せるものぐさ太郎なのである。

 茜は溜息を吐いた。


「ったく、アンタは若いのに、爺臭い事言うわねぇ。ン?」


 すると茜はそこで、窓際のテーブル席に視線を向けた。

 そこには白いセーターを着た女性が1人だけ座っていた。

 歳は20代半ば。ウェーブがかった長い髪が特徴の、可愛い女性であった。

 しかし、俯き加減で冴えない表情なのが気になるところだ。


「あの子、まだいるわね。1時間前に来た時もいたわよ。何かあったのかな?」


 茜は首を傾げた。

 と、そこで、カウンターの向こうから声が上がった。


「茜ちゃん、あの子はもっと前からいるぜ。2時間はいるんじゃねぇかな」


 声の主はつるっ禿げのマスターからであった。


「ええ、そんなにいるの!? これは色恋沙汰ね」


 修一その時、嫌な予感がしていた。

 なぜなら、茜は凄いお節介焼きだからだ。

 そして、その予感は的中する事になるのだ。


「ヨシ、行ってこよう」


 そう言うや否や、茜は席を立ち、窓際の地球席に向かった。


「なんで行くかね……ある意味、プライバシーの侵害だよ」


 修一は小さくそう言うと、溜息を吐いた。

 茜は女性の対面に腰かける。

 いきなりやってきた茜を見て、その若い女性はギョッと目を大きくした。


(また始まったようだ。ったく、ほっときゃいいのに。俺は関係ないので、珈琲タイムといこう)


 修一はそう考え、珈琲を口に運んだ。

 だが暫くすると、茜は女性と共に、修一の所へと来たのであった。


「ねぇ修一、この子のお兄さんが変なメッセージを送って来たんだって」

「は? メッセージ? なんだよ急に」

「まぁ良いじゃない。修一に見てもらうと真意がわかると思ってね」


 茜はそう言って女性に目配せした。

 女性は頷き、スマホの画面を修一に見せる。

 するとそこには、こんなメッセージが書かれていたのだ。


『今、この間話した内装工事業者と家にいる。喫茶店には遅れそうだ。俺は脳梗塞中だから、パッチワークデザインの依頼を助けてよ。じゃあお願いね』


 言い回しが微妙に不自然だが、一応、ちゃんとしたメッセージであった。

 修一は首を傾げた。


「これがどうかしたんですか?」

「兄を待っていたら、このメッセージが少し前に来たんです。でもこの文章、ちょっと変なんですよ。兄が以前した病気は、脳梗塞じゃなくて心筋梗塞でしたし、デザインの仕事なんてしてません。それに、内装工事の話なんて初めて知りました。そもそも賃貸のアパートなんで、内装工事なんてしないと思うんですけど……」


 修一はそれを聞き、目を大きくした。

 どうやらメッセージの隠された謎が解けたようだ。


「お兄さんの家どこ?」

「え、兄の家?」

「修一、どうしたの血相変えて」


 茜の言葉を聞き、修一は溜息を吐いた。


「姉貴、これはSOSだよ。話を戻すけど、お兄さんの家はどこ?」

「SOSってどういう……」

「これは恐らく、嘘の部分を無くして読んでほしいんだ。つまり、『今、家にいる。喫茶店には遅れそうだ。俺は梗塞中だから助けてよ』となるんだよ。恐らく、文面からして、何者かに拘束されていると言いたいんだろう。早く通報しないと不味いことになるかもしれない。だから家はどこ? 俺が通報して上げるよ」


 女性は修一の話を聞き、青醒めていた。


「あ、兄の家は……」――


   *


 これは後日談である。

 彼女の兄は修一の読み通り、強盗に拘束されていたようだ。

 今流行りの闇バイト強盗というやつらしい。

 駆け付けた警官によって、犯人達はその場で現行犯逮捕されたようである。

 話しの真相として、彼女の兄は犯人達をごまかして、何とか妹にメッセージを送ったそうである。

 怖い世の中になったものだ。

 身の用心である。

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