第4話 セキュリティは万全です

❀ ❀ ❀


会ったこともない父親が、何故実の息子を拉致しようとするのかーー。


それは、一言で言うと“強欲”だから。


母方の家系は、特殊な家系だ。

この身体には、とある有名な、歴史上の人物の血が流れている。

直系ではなく傍系ではあるけれど、脈々と受け継がれてきた。

そして、その特異な才能もーー。

ただし、その特異な才能は、代々女性には現れず、男性にのみ発現する。

祖父母には、母しか子供がいなかった為、遠縁から婿を迎えるつもりでいた。

けれど、母は短大生の時に、講演に来ていた父と出逢った。


そして、母は恋に落ちた。


しかし、血筋は残さなければならない。


だから、父が母を是非にと乞うた時、祖父の出した条件は、「男子の1人目は、どんな事情があれど祖父母が養子として引き取る」だった。

それが呑めないなら、結婚は認められない、と。

普通なら諦めるか、相当悩むはずだけど、父親は少し悩んであっさりと承諾したらしい。

まぁ、その時点で既に、父親には前妻との間に、俺の異母兄に当たる長男がいたし、男子1人養子に出しても、また子供をつくれば良い、と、そんな考えだったのかもしれない。


母さんはまだ、若かったからね。


短大卒業と同時に、父と結婚。

翌年に俺が生まれて、そのまま俺は祖父母の養子となった。

先祖代々受け継がれてきたものを、引き継ぐ為に。

身体に流れる血と能力、そして、数代前に新たに授かった役目ーー。


(⋯⋯⋯⋯あれ?俺、残せるかな?後継者⋯⋯。)


アセクシャル⋯ 他者に性的魅力を感じない、または非常に弱い人の性的指向。性行為への関心や欲求が少ない、もしくはない場合が多い。病気やトラウマと決めつけられるものではなく、LGBTQ+の中の一つのセクシュアリティとして位置づけられている。


実は、自分がそうなんじゃないかと思っている。

全くといって感じない。

異性も同性も。

寧ろ、そういう目的で身体を触れ合わせるとか、気持ち悪いとさえ思う。

潔癖?

うーん、どうだろう?

下心さえ無ければ、手を繋ぐぐらいは全然平気。

颯介達三兄弟とは普通にしてたし。

テレビや映画のキスシーンとか観ると、「え、他人の唾液とか嫌⋯」って鳥肌立つ。

⋯⋯でも、性欲が「無」ってことはない。

毎年、春の時期にはくるからな、発情期。

⋯⋯⋯って事は、どうにかなるのか?

⋯⋯⋯うん、未来の俺に託そう。


そうそう、そんな父親が何故こんな事をしているかというと、実の息子に会いたくて⋯とか、独りになった息子が心配で⋯とか、そんなお涙頂戴的な話ではない。

奴には「父性」なんてものは無い。

3年前に祖母が、2年前に祖父が他界。

その時の俺は、15歳。

れっきとした未成年。

保護者の必要な年齢だった。


それに目をつけた父親は、祖父の他界を知るや否や、この村にやって来て、息子を案じる父親を装い、祖父から俺に継がれる財産、土地、先祖代々の品を「管理」という名目で奪い取ろうとした。

初めて会う父親に、愛情も信頼も無い。

なんなら、言葉の全てが嘘くさい。

俺の家族は、祖父母と、8年前に亡くなった母親だけだ。


ーー俺は、父親の申し出を断った。


すると父親は本性を現し、後ろに控えていた護衛のような部下に指示を出し、無理矢理俺を連れ去ろうとした。

武道を嗜んでいる俺は必死に抵抗したけど、それは相手も同じ。

ましてや、大人と子供。

人数的にも、体格的にも、力的にも敵うはずがない。

車に乗せられそうになったところで、異変を察知した颯介達風間三兄弟が、バットや木刀、バドミントンのラケットを持って駆け付けてくれた。

相手が怯んだすきに、4人で鳥居を潜って神社の階段を駆け上がった。


父親達も追ってきたが、何故か階段の途中で、下りていき、また上がってきては下りていく。


階段上の大鳥居を父親達が潜ることはなかった。

後で、階段下の鳥居を潜った後、何故か無意識に階段を下りていて、道路に戻ると、ハッとなってまた階段を登ろうとするも、鳥居を潜った後は何故か体が戻ってしまう⋯と、お巡りさんに話したらしい。

お巡りさんには、颯介がスマホで母親に事情を話し、颯介の母、真衣さんが駐在所に連絡してくれた。

お巡りさんが駆けつけた事で、事態が大きくなった。


父親は、その場で現行犯逮捕されてもおかしくない状況に立たされたが、お巡りさんが到着した時には、既に騒ぎが収まっており、その上、俺達も逃げてその場には居なかった。父親が「独りになった息子が心配で会いに来ただけだ」「生まれてから一度も会わせてもらえなかった」「ただ車の中で落ち着いて話をしようとしただけ」と、言い募った為、その場では逮捕されず、任意同行を求められて警察署に行き、事情聴取を受けた。


その後、俺達も事情を聞かれたが、結局、父親の言い分が通ったのか、はたまた父親の社会的地位のおかげなのか、事件として大きく扱われることはなく、厳重注意で済んだようだ。


それからも、諦めきれないのか、ああやってたまにやってくる。

今は皆、スマホを持ち歩いているから、社会的地位のある父親も、2年前のような強硬手段には、あれ以来出ていない。

それと、2年前とは状況も変わった。


「今日は和泉さんは?居るのか?」

「今日は⋯⋯うん、午前中は社務所、午後は薬の仕事するって言ってたから、家の方に居ると思う。」

「⋯⋯あの人、社務所に仕事持ち込んでそうだけどな⋯。」

「あぁ⋯奥の間は、ほぼ仮の薬剤室だな⋯。」


社務所奥にある休憩室でもある和室を思い浮かべる。

ちゃぶ台とテレビしか無かった10畳の和室は、今や所狭しと医学書やファイル、書類などが雑多に置いてある。隣の台所には、薬研や乳鉢等が置いてある。

神社裏手の居住区域にある離れは、今は彼の住まい&研究室になっており、もっと現代的な機材も揃っている。


そう、彼ーー和泉 明(いずみ あきら)さんは俺の遠縁にあたり、2年前の事件以降、俺の未成年後見人になってくれた人だ。


これが、2年前の時と違う状況。


明さんは、大学院を出たばかりの24歳。

国立大学の四年制薬学部から大学院の修士課程を修了した、薬学研究者だ。

遠縁とはいえ、俺と少し顔立ちが似ていて、颯介達には「普通に兄弟みたい」と、言われる。

違うのは髪色と髪型くらい?

明さんは、黒の長髪を後ろで一つ結びにしている。

細めの眼鏡を掛けているけど、茶色い瞳は俺と同じ色だ。


ただ⋯まだ若い。


父親は、そこが狙い目とでも思ったのか、こうやってたまに部下に見張らせに来るのだ。


(まぁ⋯実際は、そんなに甘い人じゃないけどね、明さん。あと、友達の史道(しどう)さんも。)


何かの実を、乳鉢でゴリゴリ潰しながら、にこにこ笑顔で正論という名の毒を吐く明さんと、それをサラッと聞き流す、腐れ縁と言っていた悪友コンビが脳裏に浮かんだ。


俺と颯介も、数年後にはそうなるんだろうか⋯⋯いや、ならないな。


あの二人は何か違う。

なんかこう⋯漂う空気というか放つオーラというか、堅気じゃないだろ、絶対。

どう見ても、インテリヤクザと幹部組員。

父親の部下よりも、こっちの方が敵に回したくない。

⋯本人達には言わないけど。

俺はまだ、死にたくないからな。


「まぁ、明さんが居なくても、階段にさえ辿り着けば何とかなる。⋯颯介達はどうする?上まで一緒に行って、神社の横道から下りるか?」

「⋯⋯そうだな、そうしようかな。⋯目当ては俺達じゃないけど⋯」

「うん、怖い。」

「晴くんとこから帰ろう。」


4人で頷き合い、車を気にしつつ早足で階段下の鳥居〈一の鳥居〉を目指す。

最後には何故か、競うようにダッシュしていた。

石段に辿り着く手前、車用の桜庭家私道の入口に立つ石柱と、稲荷が鎮座する小さな祠。

私道への悪意の侵入を防ぐセキュリティ。

視界の端で、通称「お狐様」の目が、キラリと一瞬光ったように見えたが、気にしない。


⋯⋯⋯なんで今日はこんなに疲れるんだ⋯。


一の鳥居を潜ると、空気が変わった。

現実世界から非現実世界へ。

一段登るごとに、少しずつ世界が変わっていくようだった。

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