傷跡の村

道中で魔物の奇襲を退けた翌日、我々は盗賊に襲われた村へ到着した。

 村の入口には、壊れかけた柵が傾いたまま残されている。建物の壁には刃物で削られたような傷があり、扉にも蹴られた跡があった。

 畑はさらにひどい状態だった。

 踏み荒らされた土の上に、収穫前の作物が無残に散らばっている。畑の中央付近は広い範囲にわたって作物が抜き取られ、ほとんど何も残っていなかった。


「これは……ひどいな」


 同行していた騎士が呟く。

 村人たちは我々の姿を見つけると、怯えた様子で家から出てきた。その顔には疲労が浮かび、中には怪我をしている者もいる。

 だが、騎士団が救援に来たというのに、安堵の声は上がらなかった。

 村人たちは互いに顔を見合わせ、何度も背後の家を気にしている。母親らしき女が、何かを言いかけた幼い子供の口を慌てて塞ぐ姿も見えた。

 盗賊への恐怖が残っているのだろう。私はその程度に考えていた。


「三日月家騎士団のクライチだ。村の状況を確認したい。代表者はいるか」


 呼びかけると、白髪の老人が杖をつきながら前へ進み出た。


「私が村長です。このたびは、遠いところをお越しいただき……」

「挨拶はいい。まず負傷者の手当てをさせる。盗賊について、分かっていることを話してくれ」


 私は部下の一部へ、村人の治療と被害の確認を命じた。

 その間、二葉様は一言も発さず、村の中をゆっくりと見回している。

 傷ついた建物。荒らされた畑。道端に積まれた壊れた農具。

 一つ一つを確かめるように視線を動かし、ときには足を止めて壁や地面を観察していた。

 特に気にしていたのは、建物の壁と閉ざされた窓だった。二葉様が近づくたび、家の持ち主らしき村人の表情が強張る。

 何をそこまで見る必要があるのだろうか。

 被害の大きさなら、村へ入った時点で分かる。盗賊の足跡を捜しているようにも見えない。


 やがて我々は、村の集会所へ案内された。


「盗賊は、何を奪っていった?」


 私が尋ねると、村長は膝の上で両手を握りしめた。


「食料です。畑の作物や、冬に備えて蓄えていた穀物を……。家畜も何頭か連れていかれました」

「金品は?」

「多少は。しかし、この村には初めから大した金などありません。奴らは、食料を中心に奪っていきました」


 周囲にいた村人たちも頷いている。


「盗賊は、どこへ逃げた」

「村の近くにある森です。森の奥に、奴らのアジトがあるのではないかと……」


 村長の声は震えていた。

 答える直前、村長は集会所の扉へ視線を向けていた。ほかの村人たちも俯き、こちらと目を合わせようとしない。

 盗賊に襲われた直後なのだ。無理もないと思った。


「分かった。今日は村で休み、明朝、森へ向かう」


 そう告げると、村長は何度も頭を下げた。


「宿を用意しております。粗末なところではありますが、どうかお使いください」


 その日の夕方、我々は村に一軒しかない宿へ入った。

 騎士たちが装備を外し始めた頃、二葉様が私を呼び止めた。


「クライチ」

「はい。何でしょうか、二葉様」

「今夜は、誰も眠らせるな。全員に武器を持たせ、宿の中で待機させろ」


 突然の命令だった。


「理由を伺ってもよろしいでしょうか」

「盗賊が来る」


 二葉様はそれだけ答えた。

 盗賊のアジトは森の中にあると聞いたばかりだ。こちらから討伐へ向かう前に、わざわざ騎士団がいる村へ戻ってくるとは考えにくい。

 だが、道中での一件がある。

 外の見えない馬車から、五十メートル先に潜む魔物を正確に言い当てた二葉様の警告を、私はもう軽視できなかった。


「承知しました」


 私は騎士たちを集め、武器を手元へ置いたまま待機するよう命じた。

 宿の明かりを消し、いくつかの寝台には人が眠っているように毛布を膨らませる。騎士たちは扉の陰や廊下の角、窓の死角へ身を潜めた。


 それから、何事も起きないまま数時間が過ぎた。

 暗闇の中、聞こえるのは古びた宿が風に軋む音と、騎士たちの押し殺した呼吸だけだ。


「団長。本当に来るのでしょうか」


 近くに潜んでいた若い騎士が、聞き取れるかどうかの声で囁く。


「分からん。だが、夜が明けるまでは命令どおり待機する」


 正直、私にも確信はなかった。

 二葉様は宿の奥で壁に背を預け、目を閉じている。眠っているようにも見えたが、時折、外の物音を確かめるように指先が動いていた。


 夜も更け、村全体が静まり返った頃だった。

 宿の外から、わずかな足音が聞こえた。

 一つではない。

 複数の人間が、息を殺して宿を取り囲んでいる。

 扉の鍵が、外から静かに外された。

 盗賊たちは、村の宿の構造まで知っているらしい。

 扉がわずかに開き、一人目の男が中を覗き込む。寝台の膨らみを確かめると、後ろへ向けて手招きした。

 剣を持った男たちが、一人、また一人と宿へ入ってくる。

 私はすぐには動かなかった。入口近くの者だけを捕らえても、外に残った仲間を逃がすことになる。

 五人目が足を踏み入れ、最後尾の男が扉を閉めようとしたところで、剣の柄を握り直した。


「寝ているうちに始末しろ。騎士団長と貴族のガキは生け捕りだ」


 先頭の男が、押し殺した声で命じた。


「今だ!」


 私の合図と同時に、隠れていた騎士たちが動いた。

 扉を塞ぎ、盗賊たちの退路を断つ。寝台へ向かおうとしていた男は背後から剣を突きつけられ、窓から逃げようとした者も外で待機していた騎士に取り押さえられた。


「罠だ! 退け!」


 盗賊たちは叫んだが、すでに遅い。

 我々を奇襲するつもりで武器を持ち込んだものの、相手は三日月家の騎士団だ。正面から戦えば、勝負になるはずもない。

 盗賊の一人が剣を振り回し、出口を強引に突破しようとする。私はその斬撃を受け流し、空いた脇腹へ蹴りを叩き込んだ。

 別の男が寝台の毛布へ剣を突き立てる。しかし、中に人がいないと気づいた瞬間、背後に回っていた騎士が腕をねじ上げた。

 外に残っていた盗賊たちも、窓下へ潜んでいた部隊によって次々と制圧されていく。

 抵抗した数人を斬り伏せ、残りを拘束する。

 戦いは短時間で終わった。

 騒ぎを聞きつけた村人たちが、恐る恐る宿の外へ集まってくる。

 捕らえた盗賊の一人が村人たちへ鋭い視線を向けると、全員が一斉に目を伏せた。

 先ほど子供の口を塞いでいた女は、その子を抱き寄せたまま震えている。老人の一人は耐えきれなくなったように、その場へ崩れ落ちた。


「村長。事情を説明してもらおう」


 村長がその場へ膝をつき、二葉様へ深く頭を下げる。


「申し訳ございません! 逆らえば女子供を殺すと脅され……騎士様方を罠にかけるよう、命じられておりました」


「盗賊たちは、どこに潜んでいた」

「村の家々です。家族を一つの部屋へ集め、見張りを置いていました。森にアジトがあると話せ、宿へ案内しろと……もし余計なことを言えば、家族から殺すと……」


 村長の声は途中から言葉にならなかった。額を地面へ擦りつけ、何度も謝罪を繰り返す。


 私は顔をしかめた。

 三日月家の人間を罠にかけ、騎士団を襲わせた。事情があったとしても、剛炎様や烈一様なら決して許さないだろう。

 しかし、二葉様は怒りも、失望も見せなかった。


「事情は分かった。奪われた食料は、盗賊から聞き出して取り戻せばいい」

「罰を、お与えにならないのですか……?」


 村長が恐る恐る顔を上げる。


「興味がない」


「え……?」


「お前たちを罰することにも、言い訳を聞くことにも興味はない。盗賊は捕らえた。それで終わりだ」


 二葉様は、それ以上この件に触れなかった。

 捕らえた盗賊たちから仲間とアジトの場所を聞き出し、翌朝には残党もすべて拘束した。

 奪われた食料や家畜も、その大半を村へ返すことができた。


 任務を終え、三日月家の屋敷へ戻る道中。

 私は馬車の横まで馬を寄せ、窓の向こうにいる二葉様へ尋ねた。


「一つ、お伺いしてもよろしいでしょうか」

「何だ」

「なぜ、盗賊が村の中に潜んでいると分かったのですか?」


 馬車の中で、わずかに本を閉じる音がした。


「村の建物には、確かに傷があった。だが、どれも表面だけだ。壁に穴はなく、窓も壊されていない。家の中へ被害が及ぶような壊し方を、意図的に避けているように見えた」


 村へ到着したとき、二葉様が建物を細かく観察していた理由を、ようやく理解した。


「それに、奪われたものの中心は畑の作物や穀物だった」

「食料を確保するため、ですか」

「ああ。普通の盗賊なら、まず金品を奪う。場合によっては、女子供を連れ去ることもある。だが、奴らはそれらを後回しにして、騎士団を襲うまで村に潜伏するための食料を優先した」


 二葉様は、淡々と言葉を続ける。


「村人たちの様子も不自然だった。盗賊を恐れているというより、近くにいる誰かの目を気にしていた。だから、奴らは森ではなく、村人の家に潜んでいると考えた」

「それで、宿が襲われると……」

「建物の傷は偽装で、盗賊は村から逃げていない。村人に建物の被害を装わせ、盗賊が森へ逃げたと思わせた。俺たちを招き入れるための罠なら、警戒が緩む夜を狙う。それに、翌朝から森へ向かうと決めていた。騎士たちが夜に休むと考えるのが普通だ」

「だから、眠らず待機するよう命じたのですか」

「ああ」


 建物の傷。奪われた食料。村人たちの視線。

 私も同じものを見ていたはずだ。

 それなのに、何一つ気づかなかった。

 二葉様は村へ入った時点で違和感を拾い、敵の居場所と目的を推測した。そのうえで村人を問い詰めることなく、盗賊にも悟られないまま、騎士団へ迎撃の準備をさせた。

 魔法が優れているだけではない。

 状況を観察し、敵の意図を読み、味方へ必要な命令を出す。

 指揮官に必要なものを、二葉様はすべて持っている。

 剛炎様も烈一様も、個人としては強い。だが、部隊を率いる者としては二流以下だと、私は考えていた。

 どうやら三日月家には、一人だけ例外がいたらしい。

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