第2章 第2話 世界の1つだけのお守り



「なぜ、自分の姿と同じ彫刻がほしいのかって?」


聞いてもいないのにアリアは作業台の上でふんっと鼻を鳴らし、私たちを見下ろした。


「あんたたち、街の物騒な噂を聞いてないの?」


「「興味ないでござんす」」


私とルッカが声を揃えて呑気に言い放つ。


「「誰だよ!!」」


出会ったばかりだというのに、目の前のアリアと、背後にいたロベルタの『鋭いハモりツッコミ』が同時に響き渡った。


「いいかい、ふたりとも。少しは真面目に聞きな!」


ルッカと私の頭を一発ずつ拳で小突いてから、ロベルタが珍しく真剣な表情で腕を組んで口を開いた。


「誰かさんたちのせいで起こった『奇跡の聖母マリア』の騒ぎのせいで、今や教会の影響力は不自然なほど増してるのは知ってるよね?

その裏で、教会の強欲な免罪符ビジネスに激怒した反発勢力が、各地で武器を持って立ち上がり始めてるっていう噂さ。

いつ戦争になってもおかしくないんだよ!」


真面目なロベルタの説明を、私たちも今回ばかりは真剣に聞いた。


「世界の危機」の引き金が自分たちのエロデッサンだと知っている大魔王の目が、ギチギチと音を立ててこちらを睨みつけている。


私とルッカの背中を、人生で二番目に大量の冷や汗が伝い落ちた。

アリアの前だからこそ、口が裂けても肯定の悲鳴を上げるわけにはいかないのだ。


「だからね。お父様も近いうちに戦場へ行くことになるかもしれないの。……お父様が寂しくないように、私のお守りを作ってあげたいのよ。絵の方はね。お父様が無事に帰ってきたとき一番に出迎えてあげるために飾るの。」


アリアが少し寂しげに、しかし力強い瞳で付け加えた。


「ううっ、健気じゃねえか……。感動した!」


ルッカがボロボロと涙を流して鼻をすする。平成の首相みたいだ。


「――閃いたっ! イケる!!」


その横で、私の目がカッと見開かれた。


すぐにスッと目を閉じて筆を猛烈に動かし始める。今度はあの変態的な「全裸の妄想」に憑りつかれている様子ではない。


「お嬢さん、ちょっと待ってな。」


ルッカが涙を拭いながら、アリアを優しく促した。


「あの変態、一度ゾーンに入るとデッサンが終わるまで絶対に止まらねえんだ。描き上げるまで、あっちで面白い噂話でも聞かせてくれよ。

あっ!ロベルタの姐さん、お嬢ちゃんを少しお借りしても?」


「ああ、お嬢様を迎えにくる馬車が到着するまでは、うちの厨房で美味いお茶でも淹れてやるさ」


ロベルタが優しく微笑む。


「やった! その面白い噂っていうのはね――」


アリアは嬉しそうにロベルタの手を引き、作業場を出ていった。


部屋には、私が激しく羊皮紙を削る筆の音だけが心地よく響いていた。


◇



――しばらくして。



「ほぃ!おまち!できたど!」


激しいトランス状態から覚めた私は、描き上げたばかりの羊皮紙をドンと自信満々に目の前に突き付けた。


そこには、神妙に少女が胸の前で手を組み、父親を想う気高さと愛らしさが驚くほどの神聖なタッチで描き出されている。

正真正銘、私の一切の邪念を排した最高傑作だ。


だが、なぜかルッカとロベルタの冷ややかな目線が痛い。


「「なぜか信用できないよ!」」


酷い言われようである。


「また透けたりしないよな?」


ルッカの疑惑の目が、私のダイヤモンド原稿をねっとり凝視してくる。


「デッサンだから!透けないし!そもそも今回は真面目に描いたから!」 


「って、あれ?ちんちくりんは?」


まわりを見渡すと、いつの間にか窓から差し込んでいた光がすっかり暗くなっていることに気づいた。


「帰ったよ。完成まで楽しみにしてるってさ。」


ロベルタの言葉に、私はガクッと肩の力を抜いた。


帰ったのなら仕方がない。


だが、父親を想う健気な少女のために私のすべての芸術魂を注ぎ込んだこのデッサンは、間違いなく次なる小さな彫刻へと繋がる命の設計図だ。


「よし、ルッカ。デッサンは完璧だ。これからさっそく、ちんちくりんのために小さな彫刻の試作に取りかかってくれ。」


私がそう言って羊皮紙をルッカに差し出すと、職人の鋭い目つきになってそのデッサンをじっと見つめた。


「……おいロッシュ。お前、本当に一ミクロンもエロを混ぜなかったんだな。めちゃくちゃ綺麗で健気な姿がそこにいるぜ。」


「当然だろう。『美』に対して常に誠実なアーティストだからな」


「自分で言うなよ。……だが、これと同じデザインの小さな彫刻を彫るってなると、大理石じゃ重すぎて戦場に持っていけねえ。材質は木だな。しかも、肌身離さず持っても傷つかない、最高に頑丈な硬い木だ。」


ルッカはゴリゴリと顎を擦りながら、作業台の上に置かれたいくつかの木材の破片を吟味し始めた。


「やるとなったら、あのお嬢ちゃんが『最高!』って跳び上がって喜ぶような、世界に一つだけのお守りを作ってやろうじゃねえか。」


「はっ……。いいだろう。今度は、小さな木切れの中に本物の奇跡を彫り込んでやろうじゃないか」


私たちは不敵に笑い合い、それぞれの工具と筆を力強く握り直した。


大魔王に弱みを握られ、教会の免罪符ビジネスの片棒を担がされながらも、ふたりの壊れた芸術家たちの、次なる『小さな突貫工事』の幕が静かに上がるのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録(無料)

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る