旋盤

永禄六年 六月


只今六月。現代で言えば七月に入った頃であるから、梅雨が明けて蒸し暑さが出てきた。


学校やら石鹸やらのお蔭ですっかり忘れていたモノがある。醤油である。


皆さんご存じの通り、味噌も醤油も基本的な部分は殆ど同じようなものである。水を多く入れるとか、小麦を足すとか火にかけたり搾ったりと増える工程はあれど、そんなに難しいものでもない。


唯一ネックなのは時間で、仕込んでから半年は待つことになる。気長にやる他無いということだ。


これも私には全然分からないので、おたねちゃんに丸投げ。必要な物は好きに使ってくれぃ。


---


旋盤の行き詰まりについて報告を受けてから早八ヶ月。


愈々漸く形に成ったと一報。見に来てほしいと万吉からお呼びがかかった。


場所は城に程近い里川の畔。外から見れば、小さめの一軒屋に水車が突き出している様な具合だ。


「お~い、来たぞ~」


「態々来てもらって、すいません」


「イヤイヤ、私も気になっていたからさ」


武家の殿様と百姓の家の子なのに、近所のおっさんと話している様な会話。新九郎君は絶句。


「これがその旋盤?」


「ええ、鍛冶屋さんに紹介してもらった大工さんにも手伝ってもらいました」


緊張した様子の職人が二人。他に弟子や何やと思しき若い衆が何人か。


「ああ、左の方がその大工さんで、太兵衛さん。…隣のそちらが例の案内面を削ってくれた鍛冶屋さんで、伝助さんです」


太兵衛って、あぁあの唐箕とかやってもらった人か。


おお~そうか、いや大変ご苦労。よくやってくれた、と私が口にすれば面々に恐縮の色が加わる。


木組みの筐体。やたらツルツルで重厚な金属部品が載っているのが目を引く。これが案内面か。えらい綺麗だなぁ。一言褒めて正解だったな。なんかソワソワしてたし。


片端からは木製の軸と歯車が連なる。目線でたどればその先は、外からも見えた水車である。


「まあ口で説明してもあれですから、実際に動かしてみますよ」


と言って取り出したのは、青緑掛かった金属の棒。


「青銅か?」


「ええ、錫があんまりないので沢山は無いですけど。鉄より全然柔らかいんで、加工しやすいんです」


「実験にはうってつけという訳だな」


万吉自ら素材を器械にセット。傍の木の棒幾つかを、引いたり押したりすると動き出した。あれがクラッチみたいなもんか?


刃が固定された土台部分が横にスライドし、回転する棒へ当たり始める。すると当たったところからスルスルと削りカスが出てくる。


「こりゃ凄いな…、しかし、結構遅いんだな?」


目測で幅五センチ分くらいが綺麗になったところで器械を止め、出来を見せてくれる。


「新九郎君、測るやつを持ってきてほしい」


「はっ、はい!」


「とまあ、こんな具合です。回転が遅いのは動力の問題もありますけど、一番は刃先の弱さです」


「刃先が弱い?」


「ええ、今使えるのが普通の炭素鋼くらいしか無くて。速いと摩擦ですぐに加熱して軟らかくなっちゃうんです。今のは青銅なんでもっと速くても良いんですけど、鉄を削るとなるとこれくらい遅くしなきゃいけなくて」


「要は硬い合金鋼が要るわけだな」


「そうなんですよ。使えそうなのはタングステンとかを混ぜたマシェット鋼っていうのがあるんですけど、タングステン自体精錬が結構大変で」


タングステンは融点が三千度超と高く、この時代の炉では到底融かせない。その上鉱石からタングステンを取り出すには、あれやこれやと化学薬品を投入して反応させる必要がある。これまた一朝一夕には出来ない。


「タングステンっていうと、戦車の砲弾なんかに使うあれか」


「よくご存じで。用途はいくらでもある金属なので、基礎研究をしておくに越したことはないと思うんですけどね~。そもそもまだ認知も発見もされてないので、素材が手に入るかって感じですし」


「鉱石の特徴とかあるか?」


「錫鉱山で一緒に出てきて、重いし融かせないしで邪魔者扱いされてたって、何かで見た覚えがあります」


「わかった、国内外問わず探すだけ探させてみるよ。で、肝心の鉄砲は行けそうか?」


「最低限の技術はなんとか。旋盤が形に成ったんで、尾栓もイケます。…でも実際量産ってなるともうちょっと準備要ります。部品の互換性を確保するのに治具とか検査器具が要りますし、基準を定めないと。それから人手も要ります」


後ろを振り返れば、我々の内緒話に聞き耳を立てる職人衆と、雑なメジャーの様なものを持った新九郎君。


「ありがとう。測るから、記録をお願いね」


「はいっ」


紐に等間隔の印。これを巻いて、円周の差を測ろうという訳だな。


「…九つ目ともう半分、…九つ目ともう半分、…最後はほんのちょっと短いか、九つ目と四分で。いや、なんとかうまくいきました」


「書きましたけど、これで宜しいのですか?」


「ああうん、結果を記録につけるのは大事なことなんだ。次やる時に、どれだけ良くなったか分からないでしょ?」


と万吉が言えば、成程納得がいったと目を輝かせている。自分の知らない概念を知るのが、余程面白いらしい。


「…素人目だが、中々凄いな…。最後の少し短いのはいいのか?」


「ええまあ、木組みで一からやってこれなら、相当上出来ですよ。私もこんなのやったことないんでヘタクソですし」


「そうか。しかし今のメジャーは何だ、センチか?」


「ええまあ、記憶の限りというか、実際本物とはズレズレだと思いますけどね。でも工作するならこれが一番しっくりきます」


「そうか、まあその内そのあたりもやるよ、これでも測量は私の本分だからね。…いや良いモノを見せてもらった、ありがとう。必要な物はすぐに手配するから、何でも言ってくれな」


「ええこちらこそ、見に来ていただいてありがとうございます。…お城までお送りしますよ」


「ん?送るってったって…ああ、そういう」


内緒話の続きがしたいのね。


「じゃあ諸君、万吉を少し借りてくぞ~。これからも色々無茶頼むだろうけど宜しく頼むよ~」


職人衆他に見送られ、水車小屋を後にする。


「で、なんだ。なんだか珍しいじゃないか」


いつものお供は何かを察して後ろの方を歩いている。私と万吉の間に、得体のしれない繋がりがある事には流石に気付いているんだろう。


「…いえ、なんだか殿様と二人で話がしたくって。すいません、急に」


日の傾いた畦道、植えられた苗は等間隔の格子状である。


「いやいやいいんだ、数少ない同郷なんだから、幾らでも付き合う」


「…なんていうか。…不安になったんです、自分がどこまでできるか」


「不安?」


「…化学をやってたなんて言っても、二十六なんて若輩者もいいところです。大学出てから四年しか働いてないんですよ?」


基礎技術の成熟を待つ間に考える事があったのか、或いはここに来る前の平成の世を思い返してしまったのか。


「ミリタリーに至っては趣味ですよ、趣味。旋盤の造りを知ってたのだって偶然もいいとこです。…すみません、こんな愚痴みたいなの」


「お前は十分立派な仕事してるよ、自分一人だったらと思うとゾッとする。出来る事やったらいんだ。ちょっとずつだけど、いろんなものが揃ってきただろ」


気付けば、目の前には城の門構えである。心地よい時間はあっという間だ。


「…なんか悩みがあったら、いつでも言いなさい。これでも現場管理職やってたんだ、部下のケアくらいは任せとけ」


「…はい、ありがとうございます」


「少しは楽んなったか?」


「…ええ、とても。…鉄砲の量産初号機が出来たら、また持ってきます。楽しみにしててください」


「そうか、楽しみにしてる。じゃ、またな」


よくやってるよ、本当に。頼りにしてるぞ。

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