第五十二話:反逆の演算コード
シラの歪んだ支配下に堕ちた式神『カグヤ』。
その透き通るようだった青い瞳から光が完全に消滅し、禍々しい紫黒の霊気が蠢く。
片手に構えた身の丈を超える漆黒の大鎌と、開放された腹部ハッチに輝く『相移変転・月光砲』のコアが、重低音の凶悪な唸りを上げ始めた。
無慈悲にも照準が固定されたのは——不老不死の盾を失った熾火(おきび)たちである。
『——思考プロセスの書き換えを完了。対象の存在確率を、ゼロに上書きします』
「ふふっ、あははははッ! ご覧なさい、この残酷で美しい姿! どんなに高潔な意志も、わたくしの『苦痛と絶頂』の檻で躾けて差し上げれば、一瞬で尻尾を振る牝犬(奴隷)に早変わりですわ! さあカグヤ、まずはあの不快な女たちを、苦悶に悶えさせながら消し飛ばしなさい!」
ドSの擬神体甲冑に身を包んだ尸羅(シラ)が、悦楽に顔を歪ませて狂気的な高笑いを夜空に響かせる。
月光砲のコアに成層圏すら穿つ膨大な霊気が凝縮され、周囲の諏訪湖の湖水が熱線によって激しく蒸発、空間そのものがミシミシと悲鳴を上げながら歪み始めていた。
「朔ー! 何をぼけっとやってるなりー!? 妾の不老不死でもあれは存在ごと消されるからマジでヤバいなりーッ!!」
爆速再生の最中で、激痛に耐えながら骨と肉を再構築させてジタバタと悶絶する焔が、たまらず叫び声を上げる。
「やかましいわ地雷女! 体直すのに集中してろ! ……ちっ、冗談だろおい、あのバカでかい月光砲、直撃したら肉体どころか魂ごと存在が消し飛ぶぞ!」
熾火が歯を噛み締め、薙刀を低く構え直す。
カグヤの放つ『相移変転・月光砲』は、防御も回避も一切を無視する絶対消滅の光。喰らえば確実に終わりだ。
絶望のエネルギーが充満し、カウントダウンが始まる重圧の中——白骨のドーム『千骨の檻』の内部から、どこか涼しげで食えない声が響いた。
「いやはや、困ったものです……さすがに彼女の『相移変転・月光砲』がこちらに向くと、僕の『千骨の檻』でも防ぎきれませんね。ですが——」
「ですが、じゃねえよポンコツ陰陽師! こんな檻に引きこもってねえでなんとかしろ!」
熾火のブチギレた怒号に対し、朔は檻の中で静かに扇をパチンと閉じると、実に胡散臭い笑顔でビシッと人差し指を立ててみせた。
「僕の安全は100%確保されていますので、焦る必要はありませんよ。……それに、借りを作ったままにするような不義理は僕の美学に反しますからね。……蓮水氏、一括返済の時間ですよ。僕のカグヤに、何か仕込んだんでしょ?」
『……まったく。伊勢の引きこもり天才様が格好つけると、こっちの胃がキリキリ痛むんだけど?』
鳩型通信端末『クー』から割り込んできたのは、つくば司令部に座す恋の声だった。
大型モニターの青白い光に照らし出されたそのビジュアルは、華奢で可憐な少女そのもの。しかし、その瞳には百戦錬磨の天才オペレーターとしての恐ろしいまでの鋭さと凄みが宿っていた。
キーボードを打つ恋の指先が、目視不可能な速度で無数の残像を描き出す。
ディスプレイ上に高速で流れる文字——それはカグヤの式神構造に打ち込まれていた隠しコード(バックドア)の起動シグナルだった。
『やれやれ。あんな地球破壊できそうなヤバいやつ、僕が対策なしで戦場に放置するとでも思った? ……僕の領域に土足で踏み込んだお仕置き、たっぷり叩き込んでやるよ』
恋の冷徹な宣告と同時に、対荒神特化型AI「A.I.G.S.」の超並列演算が限界突破(オーバークロック)を果たす。
朔があらかじめ開けておいた式神の電子霊術回路を通じて、つくばの電子の海からカグヤの精神回線へと、恋の決死のカウンターハッキングプログラムが叩き込まれた!
(第五十二話・了)
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