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    地元愛に溢れた作品ですね。
    【用語解説】で今は無き「平沼駅」の他「有隣堂」「不二家」などが描かれているところに愛を見ました。
    特に当時の不二家はオシャレなカフェだったことも伝えたい戦後の記憶なのかも知れませんね。

    冒頭、陽炎に揺れるガラス越しの街並みは息苦しさを感じさせます。
    きっと酷暑日だったのでしょう。
    水の中で呼吸困難になるのと、炎天下で呼吸困難になることの何が違うというのでしょうか。

    まさに横浜大空襲で焼け野原になる過程での息苦しさとは異質のものです。

    四宮隆徳さんが朋美さんの大伯父だったとは出来過ぎですが、おかげで四宮さんの安否が直ぐに分かった訳ですね。
    手紙を頼りに二人が横浜の街を訪ね歩いても良かった気もしました。

    きっと、四宮さんは戦死なさったんでしょうね。
    だから封筒だけが大切に残されていたのでしょう。

    とても素敵な作品を拝読させていただきました。

    作者からの返信

    私が生まれ育った場所は有隣堂がある伊勢佐木町に近いのですが、奇跡的に空襲を逃れたと聞いています。現在のきれいな街並みを見ていると、戦争なんて本当にあったのかなと疑いたくなるくらい遠い昔の話になってしまったのだなと感じます。
    創業当初の不二家はカフェではなく洋菓子店でした。併設して喫茶を作ったのがファミレスの不二家の始まりだとか。他にも横浜駅東口の崎陽軒も旧横浜駅(現JR桜木町駅)の頃に弁当屋から始まったそうです。

    この話を書くにあたって調べてから知ったことがたくさんあります。調べなければわからなかった店の歴史や、戦時下の苦労話など、地元のことを深く知る機会にもなりました。辛い出来事は忘れてもいいような気もしますが、爪痕というのは必ずどこかに残るものですね。

    お読みいただき、レビューもありがとうございました。

    編集済
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    戦時中の横浜を、当時の記録などをもとに精緻に描いているのが印象的でした。そして、手紙の差し出し主がまさか朋美の大叔父だったとは……今付き合ってる二人の縁も、大叔父と祖母が持って来てくれたような感じがして、決して偶然じゃないような気もしますね。
    祖母の叶わなかった想いを、朋美と武史が時を越えて叶えてくれたら、天国にいる祖母も大叔父もきっと喜んでくれるのかな、と思います。

    旧平沼駅や不二家や有隣堂、次に横浜に行く機会があればちょっと注目してみようかと思いました(^-^;。

    作者からの返信

    長い年月が戦争の記憶を遥か彼方へ押し去ろうとしている今、当時を生きた二人と現代の二人を結び付けたら記憶の継承ができるのかなぁ、なんて考えてみたり…。
    単なる歴史の一部にすり替わらないように、必死に生きていた人たちの想いをきちんと伝えて行きたいものです。

    不二家も有隣堂も(本店は)戦後に建て替えられたものですが、平沼駅はそのままですね。現在では老朽化などもあり、見学できる戦争遺構も少なくなってしまいました。子どもの頃に電車内から見ていた平沼駅は、黒く煤けた誰もいないホームが不気味で、幽霊駅という感じでした。

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    平沼駅ってとんな処だろうと検索したら、まさに昭和初期の鉄道の雰囲気を一部に遺しているのですね。そして不二家が元町で開業したとは知りませんでした。昭和は遠くになりにけり、ですね。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    京急線に乗るとホームがあるのに停車しない駅があって不思議だなと思っていました。でもよく見ると真っ黒で不気味な感じでもあります。本当に戦争があったんだと初めて実感した場所でもあります。
    不二家が横浜生まれと知らない人は多いようですね。港町ということで海外から伝来したものが多かったのだと思います。

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    有隣堂ってそんな昔からあったんですね。

    遺された手紙って、秘密を暴くようでちょっとドキドキする感じが伝わってきました。
    まさかの大伯父さんつながり。まさに縁は奇なり。
    お幸せに。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。
    有隣堂や不二家など、横浜発祥の店は明治期あたりから増えてきたようです。
    そして他人の手紙を読むというのは、当人同士のやり取りを横から覗き込むようで胸が高鳴りますね。でも手紙を読んだから、武史と朋美の絆はより深まった感じがします。
    世界は広いけど、意外なところに繋がりがあるのかも。