巻三十六:現実を侵食する異界の住人たち
私たちが絶対だと信じて疑わない「時間」や「空間」、そして「命の価値」。
だが、神仙たちの次元から見下ろせば、それらはすべて、いかようにも書き換え可能なゲームのデータに過ぎない。
矢を射られた鶴が人間に化け、権力者の魂が肉体を離れて鞭打たれ、よだれを垂らす白痴の少年が地獄の戦場から家族を救い、扉を一枚開けただけで六十年の時が吹き飛ぶ。
今回は、人間の脆弱な常識が、神仙たちの圧倒的なバグ(奇跡)によって粉砕される、四つの残酷で美しい記録をお見せしよう。
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徐佐卿(じょさけい) ―― 沙苑の孤鶴と、壁に刺さった皇帝の矢
唐の玄宗皇帝が絶頂期にあった、天宝十三年の重陽の節句。
皇帝が沙苑(さえん)で狩りをしていると、空高く一羽の美しい孤鶴が舞っていた。玄宗が自ら強弓を引き絞り、矢を放つ。
――ドスッ!
鋭い音と共に矢は鶴に命中し、鶴はキリモミ状態になって地上へ墜落し始めた。だが、地面に激突する寸前、鶴は不自然に体勢を立て直し、矢を突き立てたまま南西の空の彼方へ消え去ってしまった。
同じ頃。そこから遥か遠く離れた益州(現在の四川省)の山奥にある道教の寺院。
そこには年に数回だけ、「徐佐卿(じょさけい)」と名乗る得体の知れない道士がふらりと現れ、数日滞在しては消えるという奇妙な部屋があった。
その日、ふらりと現れた徐佐卿は、ひどく顔色が悪かった。
「山を歩いていたら、流れ矢に当たってね。まあ、もう治ったんだが……この矢は、人間界の安物ではない。壁に刺しておくから、来年、この矢の主がここへ来たら返してやってくれ」
そう言い残し、彼は壁に『天宝十三年 九月九日』と日付を書き残して姿を消した。
翌年。
安禄山の反乱により、すべてを失い、惨めに都を追われた玄宗皇帝は、逃避行の果てに蜀の地へ辿り着いた。
気晴らしに立ち寄ったあの山奥の寺院で、皇帝は「壁に刺さった一本の矢」を見て息を呑んだ。
それは間違いなく、かつて自分が鶴を射た「皇帝専用の矢」だった。
日付は、あの日。
玄宗はすべてを悟った。あの矢が命中した孤鶴の正体は、徐佐卿という神仙だったのだ。そして彼は、無敵の皇帝がすべてを失ってこの山奥へ落ち延びてくる未来を、矢を射られたあの瞬間にすでに見透かしていたのである。
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拓跋大郎(たくばつたろう) ―― 傲慢な官僚と、血濡れた桑の鞭
扶風(ふふう)の長官は、権力を笠に着て、身分の低い者を虫ケラのように見下す傲慢な男だった。
ある日、部下が主催した宴会に、身の丈七尺(約2メートル)を超える、異様な気配を放つ巨漢の男が乱入してきた。「拓跋大郎(たくばつたろう)」と名乗るその男を、長官は露骨に嫌な顔で迎え、見下した態度をとり続けた。
男は怒りを露わにして立ち去り、長官は「なんだあの無礼な小僧は」と嘲笑った。
だが、長官の部下である李(り)と裴(はい)は顔面蒼白になっていた。
「あれは……峨眉山の恐ろしい神仙だぞ!」
彼らは慌てて拓跋大郎を自分の屋敷に招き、土下座して長官の無礼を詫びた。拓跋大郎は一晩泊まり、翌朝には煙のように消えていた。
その直後である。
「長官が……長官が死にかけています!!」
部下たちが長官の部屋へ駆けつけると、長官は白目を剥き、呼吸が止まる寸前だった。数時間後、ようやく息を吹き返した長官は、ガタガタと震えながら李に向かって泣き叫んだ。
「助けてくれてありがとう……! 昨夜、私の魂はあの拓跋大郎の元へ引きずり出されたのだ。奴は折りたたみ椅子にふんぞり返り、私を『客を蔑む傲慢なクズめ!』と罵倒し、桑の木の枝で、私の背中を何百回も力任せに鞭打ったんだ! お前たちが私のために謝ってくれていなかったら、私は間違いなく殴り殺されていた!」
長官が服を脱ぐと、その背中には、現実には殴られていないはずの「凄惨なミミズ腫れの鞭跡」がびっしりと刻み込まれていた。
長官の言葉を確かめるため、部下たちが街の北の森へ向かうと。
そこには無数の馬の足跡があり、何本もの桑の枝がへし折られ、地面には生々しい「大量の血痕」がこびりついていた。
魂への暴力は、現実の肉体をも破壊する。神仙の怒りは、物理法則を超えて傲慢な権力者を叩き潰したのである。
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魏方進(ぎほうしん)の弟 ―― よだれまみれの肉体と、黄色の刺繍コート
御史大夫(政府の高官)である魏方進の弟は、十五歳になっても言葉を話せず、一日中よだれと鼻水を垂らしてヘラヘラと笑っている白痴の少年だった。
一族の誰もが彼を「ゴミ」として忌み嫌ったが、ただ一人、彼の姉だけが彼を憐れみ、嫌な顔ひとつせずに食事を与え、体を洗ってやっていた。
ある日、少年が門の外で日向ぼっこをしながら、ボリボリと体を掻いていた時のこと。
突如、深紅の衣を着た使者が数十人の騎馬隊を率いて現れた。
使者は「仙師様はどこだ?」と尋ね回った後、よだれを垂らしている少年を見るなり、馬から飛び降りて深々と平伏した。
「なぜこんなに遅れているのですか! こちらの任務は終わったのですか!?」
使者が大声で叫ぶと――少年の目から、白痴の濁りが一瞬にして消え去った。
「順次、進行中だ」
それは、透き通るような、威厳に満ちた絶対者の声だった。
「ならば、早く終わらせてお戻りください!」
使者たちが去ると、少年は再び虚ろな目に戻り、よだれを垂らして体を掻き始めた。そして、その日の夜、少年はあっけなく息を引き取った。
姉は泣き崩れ、自分が一番気に入っていた「黄色い刺繍のコート」で彼の遺体を包み、手厚く葬ってやった。
数年後。
馬嵬(ばかい)の駅で反乱軍によるクーデターが勃発。兄の魏方進を含む一族は皆殺しにされた。
姉は命からがら逃げ延びたが、はぐれた五歳と六歳の三人の子供たちは、確実に反乱兵の刃にかかって挽肉(ひきにく)にされたと絶望していた。
翌朝。死体の山の中を半狂乱で探していた姉は、血の海と化した宿屋の奥で、見覚えのある布きれを発見した。
それは、数年前に死んだ弟に着せて葬ったはずの「黄色い刺繍のコート」だった。
震える手でそのコートをめくると――その下には、三人の子供たちが傷一つなく、すやすやと眠っていたのだ。
白痴の少年を演じていた神仙は、ただ一人自分を愛してくれた姉への恩返しのために、地獄の未来から子供たちを保護する「フラグ」を、死の瞬間に静かに仕込んでいたのである。
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李清(りせい) ―― 奈落の底の桃源郷と、吹き飛んだ六十年
北海に住む染物屋の李清(りせい)は、莫大な財産をすべて注ぎ込み、三十年以上も神仙を探し求めてきたが、すべてインチキ道士に騙されて終わった。
六十九歳の誕生日。彼は一族を集めて宣言した。
「私はもう長くない。最後に、神仙が住むという雲門山の奈落の底へ行く。巨大な竹の籠に乗り、千丈(約3000メートル)のロープで崖の下へ降りる。もしダメならロープを引くから引き上げてくれ」
家族が泣いて止めるのも聞かず、彼は真っ暗な奈落の底へ降りていった。
籠から降りて、這うように狭い洞窟を三十里(約12キロ)も進むと、突然視界が開け、雲と煙に包まれた別世界(桃源郷)へと出た。
彼が山頂の壮麗な宮殿へ向かうと、そこには本物の神仙たちがいた。
「来るべきではなかったな。まあいい、しばらくここに居なさい。だが……絶対に『北の扉』だけは開けてはならないぞ」
だが、人間の好奇心は抑えられない。
李清がこっそり北の扉を開けて下を見下ろすと、そこには見慣れた自分の故郷「青州」の街並みがミニチュアのように広がっていた。
(ああ……家族はどうしているだろうか)
猛烈なホームシックに襲われた彼を見て、神仙たちはため息をついた。
「お前は約束を破った。もうここには居られない。これをやろう」
彼らは李清に「医療の極意が書かれた巻物」を渡し、目を閉じさせた。
風と水音が鼓膜を叩き、目を開けると、彼は青州の南門の前に立っていた。
だが、何かがおかしい。
街並みも、行き交う人々の服も、すべてが完全に変わっていたのだ。
急いで自分の家があった場所へ行くと、そこには見知らぬ男が住む、全く別の染物屋が建っていた。
「ここは李清の家ではないのか!?」
男は怪訝な顔をして答えた。
「李清? ああ、私の先祖にそういう名前の人がいたそうです。隋の開皇四年(約六十年前)の誕生日に、南の山へ降りていって、二度と帰ってこなかったそうですが」
李清は、その場に崩れ落ちた。
洞窟の中でのわずかな時間は、地上における「六十年の歳月」だったのだ。
知っている人間は全員死に絶え、帰る場所も、愛する家族も、彼が築き上げた富も、すべてが過去の歴史として消滅していた。
絶望の底で、彼は神仙からもらった医療の巻物を開き、医者として第二の人生を歩み始めた。数え切れない子供たちの命を救い、再び莫大な富を築いた彼は、数年後、泰山へ向かうと言い残し、今度こそ永遠に人間界から姿を消した。
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