路地裏に消えたタコ焼きの詩

月影 流詩亜

クロノヒョウ様・自主企画『路地裏に消えた歌』

 

消毒液の匂いが漂う白い病室で、詩織……しおりんは薄味の流動食を見つめて小さくため息をついた。


「めぐみん、わたし……明日の大手術、やっぱり怖いよ」


 ​パイプ椅子に腰掛ける恵……めぐみんは、親友の冷たくなった手を両手でぎゅっと包み込んだ。


「大丈夫。絶対にうまくいくって」


「うん。でもね、もしもう一度だけ聴けるなら……あの歌が聴きたいな。

あの日、寂れた商店街の路地裏で聴いた、あの無駄に熱くておかしな歌。あれを聴いたら、病気なんて吹っ飛ぶ気がするのに」


 ​数ヶ月前、学校帰りに裏通りで耳にした、激しいアコースティックギターの弾き語り曲。



「今すぐ検索して流すよ。曲名は?」


「……『チュウチュウ、タコかいなぁ』」


「……はい?」


「『ソースの海にダイブやで』って叫んでた、あのタコ焼きの歌」


 ​恵は必死で検索したがヒットは0件。メジャー流通のない完全な素人のオリジナル曲だった。


「待ってて、しおりん。絶対に見つけ出す!」


 ​恵は病院を飛び出し、あの寂れた路地裏へ走った。

 路地裏に消えた歌の手がかりを求め、聞き込みを続ける恵。最後の望みで訪れた路地角のタコ焼き屋で、店主が目を丸くした。



​「……ハルちゃんのことか?

コミックバンドのギターボーカルやった子やな。

先月解散して『誰にも届かんかった』って泣いてギターを置いたよ。実家の酒屋におる」


 ​教えられた酒屋へ駆け込むと、ジャージ姿のハルがいた。


「ハルさん! お願いです、あのタコ焼きの歌をもう一度歌ってください!」


「な、なんや急に! あんなん黒歴史や!

いい歳して『タコかいなぁ』なんて叫んで……二度と歌わへん!」


「自己満足なんかじゃありません!」


 ​恵の叫びが夕暮れの路地に響く。


「親友が明日、命がけの手術を受けるんです! 怖くて震えてるあの子が、『あの歌を聴いてもう一度タコ焼きを食べたい』って生きる希望にしてるんです! あなたの歌は、あの子の心をちゃんと救ってるんです!」


 ​ハルは目を見張り、拳を震わせた。


「……ウチの、あのバカみたいな歌が?」


「はい! 世界で一番あったかい歌です!」


 ​ハルは袖で目元を拭うと、ニッと笑った。


「……しゃあないな! 押し入れからギター、引っ張り出してくるわ!」


 ​……その夜、面会時間終了の間際。

 恵から『窓の外を見て!』と連絡を受けた詩織が中庭を見下ろすと、街灯の下にギターを構えたハルと恵が立っていた。


 ​ジャガジャガと激しいコードが夜気を震わせ、ハルの明るいシャウトが夜空へ突き抜ける。


 『♪~チュウチュウ、タコかいなぁ

 ♪タコ焼き食べよ! くるりと回して、アッツアツ!

 ソースの海に ダイブやで

 アッツアツ!ハフハフ! ソウルのボリュームMAX!』


 ​熱唱を終えたハルが、中庭からビシッと親指を突き立てる。


 病室の窓辺で、詩織は吹き出し、お腹を抱えて笑った。大粒の涙が頬を伝う。恐怖も不安も跡形もなく吹き飛んでいた。


「あははっ……! なにこれ、最高……っ!」


 ​詩織は窓を細く開け、夜風に向かって叫んだ。


「ハルさん、めぐみん、ありがとう!

私、絶対に乗り越える! 退院したら三人であの路地裏で、アッツアツのタコ焼き山盛り食べるから――!」


 ​一度は路地裏に消えたはずの歌は、冷えた心を温める魂の炎となって、夜空へどこまでも響き渡っていた。



 ​※作詞:月影 流詩亜(私)

 ※作曲:SUNO

 https://suno.com/s/ZpLZLyZbRKtSt4r4



── 終 ──

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