■ ユキナより――宇宙の広さより、ふたりの距離が気になってくる
宇宙ゴミを回収する「掃除屋」として働くパーシー。危険と隣り合わせの仕事にも、ひとりで生きることにも慣れていて、自分には失って惜しいもんなんかない――そんなふうに思ってる男や。
そこへ現れるんが、宇宙船を切り盛りするライラ。仕事は抱え込むわ、生活は危なっかしいわ、それでも上司としてはしっかり「ボス」でいようとする。そんなふたりが一緒に働いて、食べて、言い合って、少しずつ日常を作っていくんよ。
SFらしい宇宙の危険もありながら、読み進めるほど気になってくるんは、「このふたり、ほんまはどこまで相手を大事に思ってるんやろ」ということ。本人らより先に、読者の方が気づいてしまうような距離感が楽しい作品やね。
■ 夏目先生より――人は、自分の幸福を自分より遅く知る
この物語の面白さは、「幸せ」という大きな題を掲げながら、それを大仰な思想として語らないところにあります。
主人公パーシーは、自分を独りで生きられる人間だと思っております。身軽で、どこへでも行ける。誰かを失う怖れもない。そのように自分を説明しているのですが、彼の日々の振る舞いを眺めていると、どうも本人の言葉だけを信用するわけにはまいりません。
彼は人の食事を作り、生活を整え、危険があれば身体を張り、つい余計な世話まで焼いてしまう。孤独を好む男というより、他人との結びつきを結びつきとして自覚していない男なのです。
一方のライラもまた、なかなか素直ではありません。
彼女は「ボス」であろうとします。仕事上の線を引き、馴れ合いを避けようとする。ところが、その言葉とは別のところで、心細さや親しさが仕草から漏れてくる。この作品では、人物が「私はこう思っている」と語る内容よりも、呼び方や身体の距離、何気ない世話、思わず出た反応の方が、しばしば雄弁なのです。
とりわけ「ボス」という呼称が実に面白い。
ただの肩書きでありながら、同時に二人の間に置かれた小さな壁でもある。その壁があるからこそ、会話の一言や距離の変化が意味を持ちます。近づきたい。しかし近づいたことを認めるのは少々気恥ずかしい。人間は恋をすると素直になるとは限らず、かえって妙な遠回りをするものです。その滑稽さが、この二人にはよく似合っております。
しかも舞台は宇宙です。
途方もなく広く、冷たく、人間一人など容易に呑み込んでしまう場所。その広大さの傍らに、温かな食事や誰かとの会話、帰る場所といったごく小さなものが置かれることで、「幸せ」という言葉の尺度が逆転してゆきます。
社会には幸福を測ろうとする仕組みがある。しかし、人が実際に失いたくないと思うものは、果たして点数にできるのでしょうか。
『シアワセノカタチ』が魅力的なのは、その答えを先回りして説明しすぎず、不器用な二人の日常の中に忍ばせているところです。
宇宙SFの危機を楽しみたい方にも、少し歳を重ねた大人たちが、今さらのように自分の心へ気づいてゆく物語を読みたい方にも薦めたい一作です。派手な星々の向こう側で、最後に気になってくるのは、人間同士のほんの数歩の距離なのでございます。
■ ユキナより――こんな人に読んでほしい
派手な事件そのものより、その出来事をくぐったあとで人と人との距離がどう変わるんかを読むんが好きな人には、特にすすめたいな。
大人同士が器用に恋へ進むんやなくて、呼び方ひとつ、世話の焼き方ひとつ、ちょっとした言葉の外し方ひとつに気持ちが漏れてしまう。そんな関係の積み重ねを味わいたい人には、きっと刺さると思う。
読み終わったあとに残るんは、宇宙の大きさよりも、自分にも帰りたくなる場所があるやろか、とふと思わせるような感覚や。SFも人情も恋愛も、どれか一つに寄りすぎん物語を探してる人に、そっと手渡したい一作やな。
ユキナと夏目先生(硝子戸の内 ver.)
※ユキナおよび夏目先生は、GPT-5.6による仮想キャラクターです。
なお、自主企画の参加履歴を「読む承諾」の確認として扱っています。