第16話 二次試験前夜

協会本部に併設された宿泊施設の一室。

清潔に整えられたベッドの上で、怜は仰向けのまま天井を見つめていた。

輸送機を降りた後、二次試験の参加者たちには各自個室が割り当てられ、明朝の試験開始まで休息を取るよう命じられていた。

静まり返った部屋の中で、聞こえるのはエアコンの微かな送風音だけだ。

一次試験のサバイバルが終了してから、数時間が経過していた。

激闘による疲労は限界に達しているはずなのに、神経が冴え冴えとして一向に眠気が訪れない。

怜は自分の手のひらを目の前に掲げ、握ったり開いたりしてみた。


(傷がない……)


鈴村陵との死闘で、自分の体は間違いなく壊れていた。

骨は砕け、筋肉は断裂し、息をすることすら激痛を伴っていたはずだった。

それが今では、痛みどころか違和感すら一切残っていない。

結衣が発動させたリミナルの奥義——極式『花束(フォー・ユー)』。

あの絶対的な治癒と命力吸収の光景が、脳裏に鮮明に焼き付いていた。

死の淵から自分を引き戻してくれた奇跡の力。

だが同時に、無制限に命力を引き出した代償として、結衣が負った精神的な負荷の大きさも怜は知っていた。


「結衣……大丈夫だといいが…」


特例として二次試験を免除された結衣、海、陵の3名は、本部に到着すると同時に別の特別区画へと案内されていった。

今頃、結衣は一人で何を思っているのだろうか。


暗闇の中で静けさが深まるにつれ、怜の意識はさらに過去の記憶へと引き戻されていく。


(……兄さん)


目を閉じると、今でも鮮明に思い出される背中があった。かつて自分を導いてくれた、亡き兄の姿だ。

幼い頃、どんな困難にも立ち向かい、常に自分の前を歩いてくれていた兄。

だが、その兄もまた、この残酷な世界と過酷な試練の渦中で命を落とした。

兄が倒れたあの日の記憶と、昼間の死闘で陵の圧倒的な力の前に伏した自分の姿が重なる。

もし結衣の奇跡的な力がなければ、あの日と同じ場所へ行き着いていたはずだった。


「俺は……また守れなかったかもしれないんだ」


兄を失った時のあの絶望と無力感が、喉の奥を締め付ける。

あの時も自分はただ見て、痛みに耐えることしかできなかった。

そして今日も、自分は何もできず、ただ結衣の命を削るような力に救われただけだった。

窓辺へと歩み寄り、冷たい水をごくごくと飲み干す。

分厚いガラスの向こうには、夜の静寂に包まれた協会本部の巨大な敷地と、その背景に広がる街の灯りが見えた。


(結衣は二次試験を免除された。もう、あんな危険な目に遭わずに済む……)


それは心からの救いだった。

結衣を巻き込み、兄の時のように大切な者を奪われることだけは避けたかったからだ。

だが、胸の奥にはそれとは別の、猛烈な葛藤が渦巻いていた。


「俺は……弱すぎる」


兄の背中を追いかけてここまできたのに、自分は何一つ変わっていないのではないか。

陵には歯が立たず、幼馴染の海は圧倒的な戦果で自力で免除を勝ち取った。

自分だけが、犠牲の上に生かされている。


怜は深く息を吐き出し、自らの掌を強く握りしめた。

爪が皮膚に食い込むほどの力で、拳を固める。


「……ううん、違うな」


胸の奥で、亡き兄の最期の言葉が蘇る。


『——絶対に……手放すな……』


そうだ。

兄が自分に残してくれたものは、過去に縛られて立ち止まるための絶望や後悔させるようなものではなく、これからのこと。

そして今、結衣は待っていると言ってくれた。

自分が絶対に勝ち上がって来ると信じて、待ってくれているのだ。

明日から始まる二次試験。生き残った27名の参加者たちは、いずれも過酷なサバイバルを潜り抜けてきた猛者ばかりだ。

誰もが次のステージへ進むために容赦なく牙を剥いてくるだろう。


「絶対に勝つ。兄さんの遺志も、結衣が繋いでくれたこの命も、絶対に無駄にはしない、そして兄さんを殺したあの組織をぶっ壊す。」


己に言い聞かせるように、強く呟いた。

陵への敗北感も、己の無力さへの焦燥も、亡き兄への誓いも、すべて明日への糧に変える。

二次試験を突破し、自分の力で結衣のいる場所まで辿り着いてみせる。

腹の底から湧き上がる静かで揺るぎない闘志を感じながら、怜は再びベッドへと向かった。

横になり、ゆっくりと目を閉じる。

遠くで明ける夜の気配を感じながら、怜は胸の中の誓いを強く抱きしめ、明日訪れるであろう更なる激戦に向けて意識を深く沈めていった。

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