第16話 航路の代価
――1850 年 初春。アメリカ東海岸 ニューヨーク港。
波止場はいつものように活気に満ちていた。だがそこに集まる商人たちの顔には、一様に苛立ちと不安の色が浮かんでいた。
「…… 話が違うではないか。どうして我々の船で運ぶと、こうも値段が跳ね上がるのだ」
綿織物を手に取り、商人は苛立たしげに呟いた。自前の船で運び込んだ綿製品は、関税のために仕入れ値をはるかに上回り、とてもではないが売れるものではない。隣では、「北米交易開発会社」の船で運ばれてきた同じ品物が、三割近くも安い値札を下げている。
「仕方ない。あの会社の船で運んでもらうしか、安く商売する術はないらしい」
「だが聞いている。運賃の他に、『航路利用料』なるものを取るというではないか」
「聞いている。だが計算してみろ。あの料金を払っても、自分の船で運んで関税を全額払うよりは、まだはるかに安いのだ。…… 理不尽だが、払うより他にない」
商人たちは渋い顔を見合わせ、やがて一斉に波止場の一角へと歩み始めた。「北米交易開発会社」の事務所 —— その扉の前には、いつしか長い列ができていた。
事務員は変わらぬ冷静な口調で、訪れる商人たちに説明していく。
「—— 以上が料金となります。運賃は従来通り。それに加え、関税減免分の半額を『航路利用料』として頂戴いたします。もちろん、払いたくないというのであれば、貴殿ご自身の船で運ぶことを妨げるものではございません。どちらがお得か、ご自身でお決めください」
商人たちは唇を噛み、胸の内で計算し、そして諦めたように財布を手に取る。
「…… 払う。払えばいいのだろう」
「安い方を選ぶに決まっている。だが、いい商売をするものだ……」
怒りは込められていた。だが文句の言いようがない。選択肢は常に二つ ——「高い利用料を払う」か「さらに高い関税を払う」か。誰が計算しても、前者を選ぶ他に道はないのだ。
こうして —— 毎月、毎月。アメリカの港から次々と「利用料」が届けられるように
なった。その額は、一隻あたりわずかなものに過ぎなかった。だが四十隻が月に何度も海を渡り、やがてそれが積み重なると、想像を超える大河のような富となっていった。
ロンドンの書斎にて。
ウェリントンは帳簿を開き、数字の並ぶ頁を指でなぞり、深く息を吐いた。
「…… 見事なものだ。毎月毎月、途切れることなく金が流れ込んでくる。まるで航路そのものに、税を掛けているようなものではないか。相手は文句を言いつつも、律儀に払い続けてくる。何故、誰も気づかぬのだ」
アルフレッドは窓辺に立ち、はるか大西洋の彼方を眺めるようにして、静かに答えた。
「気づいている者は多いでしょう。ですがどうすることもできないのです。関税は国が定めたものであり、我々が決めたことではない。船は我々が買い集めたものであり、誰かが同じことをしようと思っても、もう船は残っていない。
——『関税を払うよりは安い』。この一言が、彼らの不満を封じているのです。理不尽だと思いながらも、財布の紐を緩めるしかない。それがこの仕組みの妙味です」
ウェリントンは、幼い養子の横顔を見つめ、感慨深く続けた。
「条約の一文が、船を介して永久の収入となる。お前は紙の文字に命を吹き込み、金の流れに変えてしまった。…… これで当面の資金の心配はなくなった。次の布石を打つときも、思う存分事を運べる」
「はい。」
アルフレッドは机の上の帳簿を指し示した。
「これはあくまで最初の一歩に過ぎません。航路の収益は、これからもっと大きく
なります。そしてこの安定した富があってこそ —— 五大湖の開発、テキサスの鉱山、そしてこの先に続くものすべてが、動き始めるのです。」
少年の瞳は、まだ見ぬ未来をまっすぐに見据えていた。
「さあ、次の時代が始まります。」
窓の外からは、船の汽笛が微かに響いてきた。イギリスから北米へ、北米からイギリスへ —— 今日もまた幾隻もの船が海を渡り、その一隻一隻が、確かな富をこの国へと運び続けている。
誰もが航路を自由に行き交っているように見えた。だがその道の通行料を、ただ一人の少年が握っている —— その事実を知る者は、再びこの書斎の二人だけとなった。
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