第11話 プール②
入場ゲート近くの更衣室から出てきた都築は、水着の上に薄手のオーバーサイズのTシャツを着ていた。僕のすぐ横を通り過ぎて近くの休憩エリアに、てくてくと移動して、身体を丸めるようにしゃがみ込んでしまう。
膝を抱えて顔をその膝の間に埋めている。そこからピクリとも動かない。
天気は快晴。他の客の水と戯れる歓声が響いてくる。
「……ごめん、無理かも」
「良い天気だね」
都築の謝罪に変な答えを返してしまった。
困ったら天気の話だ。コミュ障でごめん。
きっと女性慣れした人なら、都築の望む返しができたのだろう。
「……」
かける言葉が見つからなかった。
都築が慣れるまでは側にいよう。
隣に座った。
基本的に都築は野良猫だ。警戒を解くまで待つのも正解の一つ。ダメならぴゅーと居なくなるから。ここにいるって時点で側にいてもいいって意思なんだ。そう思うことにしている。
野良猫なのによく陽キャグループでうまくやっていけるものだ。相当気を使ってそう。狼とかドーベルマンとか土佐犬ばかりだろうに。
何となく縄張り争い激しそう。きっと誰かが我慢したり、やさしかったりすることで平和が成り立つ世界なのだろう。
ほんの少しのきっかけで誰かが不幸になる、よく聞く話だ。
都築は毎日頑張ってる。
都築が固まっている間、やることが無いので浮き輪を膨らませては空気を抜いて遊んでいた。他の人から見たら奇妙な光景かもしれないけど、気にならない。元々変人扱いはオタク活動で慣れている。
都築が膝の間に顔を伏せたままつぶやいた。
「何やってんの?」
「浮き輪作り。夏を感じるよね」
「あっちに自動で空気入れるとこあった」
独りにしてくれってことかな。
でも今の都築を独りにするのもな……。
戻ってきたらナンパされてそうだし。
「ううん。自分で浮き輪の空気入れたい。楽しい」
自分で言ってだんだん楽しくなってきた。
僕は今、夏の只中にいる。澄み渡る青に浮かぶ夏の入道雲、快晴に歓声、きらきらの幼馴染とプール、夏の象徴たる浮き輪。ギャルゲーの夏休みイベントより青春している。
最高。
こんな経験なかなかできない。
「夏しかできないことだから。こうやって何回も作っては空気を抜いてる。何回でも夏を感じられる」
「ポジティブオタク」
「うん」
「いつも楽しそうなオタク」
「都築も学校だと楽しそうだよ」
少し沈黙。今は楽しくなさそう、と責めているように聞こえただろうか。
「初デートでプールとか馬鹿オタク」
「ひどい奴だね」
「うん……」
「楽しくない? 帰る?」
「……」
「都築は夏を感じてる?」
「……恥ずかしくて、夏どころじゃない」
消え入りそうな声で、胸がきゅっとなる。耳まで真っ赤。ツンギャルのギャップ萌えだと呑気に楽しむ余裕はない。申し訳なさが圧倒的に勝る感じ。勢いでプールなどと無茶言い過ぎだな。
都築の気持ちを優先するべきだった。
人には人それぞれのペースというものがあるのだから。
酷いことをしてしまったかもしれない。
「何か飲み物買ってこようか?」
「…………独りにしないで」
「ん」
浮き輪作りに没頭する。
10回くらい繰り返した頃だ。
頑張りすぎて頬がぴりぴりする。
ふいに浮き輪を取り上げられた。
「浮き輪、先、私使うっ」
だだだっと走って、近くのプールに飛び込んでいた。
当然係員から注意を受けていて、「ごめんなさいっごめんなさいっ」って謝っている。
僕も飛び込んで、怒られて一緒に謝った。
謝る僕を見て、都築は笑っていた。
ぷかぷかと浮き輪で浮かぶ都築の元へ泳ぎ寄る。
「夏ぅ! 気持ちいいっ!」
さっきまで丸まっていたのに、流石の陽キャ、夏を感じると満面の笑みが弾けていた。夏を楽しむことにかけては陽キャには敵わない。
薄手のシャツの中の水着が透けて見えていた。
やりたい放題やるって決めて、水着が見たいって目的だったけど、いざ目の前にあると恥ずかしくて直視できない。ヘタレオタクだから仕方がない。
あ、いや、
僕が純粋にヘタレなだけ。
濡れた髪の都築の笑顔だけ見るとしよう。
流れるプールに流されているだけで楽しかった。
「交代する?」
「うん」
浮き輪使用権の交代だ。
浮き輪の真ん中にお尻を嵌めるように乗り上げた。
僕は流されるまま快晴を見上げる。
「良きにはからえ……なぜ水をかけるのか」
「そこにオタがいたから」
都築は浮き輪に捕まりながら、僕の顔に水をかけては悪戯っぽく笑っている。
抵抗できないから諦めた。
しまいには前髪を濡らして髪に触れて、オールバックにしたり、変な形を作って遊び始める。多分お笑い芸人みたいになっていることだろう。
水の冷たさと日差しの暖かさ、時折触れる都築の指が心地よい。この時間がずっと続いて欲しい、なんて柄にもなく思っていた。
「前髪切ったら?」
「伸びたら切るよ」
「もう伸びっぱなしじゃん」
都築は笑っていた。
目をつぶって夏を感じる。
都築が僕の顔に触れる感触がやさしくて、周囲は騒がしいはずなのに、僕らの周りは切り取られたかのように穏やかで、心地よい時間が過ぎていく心地だ。何だか本当の恋人って感じだった。嘘告じゃなかったらな、って思ってしまう。幸運をさらに求めるなんて、人間は欲深い。
「まつ毛長いよね」
「そう?」
「ラクダみたい」
「褒めてるの? ぶわっ!」
喋った瞬間に、容赦のない水しぶきが顔を襲った。
プールの水を盛大に口に含んでしまう。
「げほっ、ごほっ……喋っている所に水をかけるのは反則じゃない?」
「汚いなぁ……飲んだ水吐かないでよ」
「無茶言わないでくれ」
汚いと言いつつも、都築はきらきらの笑顔だった。まぶしい。「くふふ」と喉を鳴らす変な笑い方で、僕は思わずうれしくなってしまう。
僕はまだ都築の水着姿を誉めていなかった。けど伝えたら、また最初の頃のように恥ずかしさが込み上げてしまうかもしれないし、と悩んでいる。
流れるプールから当初の目的であるウォータースライダーに乗ろうと、施設の奥の方へと向かったが、既に待ち時間が1時間を超えていた。炎天下で待ち続けるのは大変だ。
「手前の方から攻めるんじゃなくて、奥のアトラクションから遊ぶと、並ぶ時間少なくて済んだかもね」
「うん……乗る?」
僕に決定権を委ねてきた。少し迷う。
都築はウォータースライダーの上部を見て、他の客の悲鳴を聞いて、少しだけ身体を強張らせた気がする。何となく気乗りしなさそう……というか高い所が苦手そうだった。上を見て、口をへの字にして、その後、僕を上目遣いに見つめてきた。身長差から強制上目遣いになる。
あまりにもかわいい。
「ぷかぷか浮かぶだけで楽しいからやめときたい」
「っ。……高い所怖いんでしょ」
「うん。それもある」
都築は安心したように胸をなでおろし、すぐに強がりながら、「くふふ」と笑うのだった。
僕は気付いてしまった。
水着とか関係なく、都築が笑ってくれると、胸が何だかいっぱいになることに。
今度は都築が沢山笑顔になれる場所に行きたいなって、嘘の関係であることも忘れて、そう願ってしまった。
休憩をしてごはんを食べ、学校の話題を共有し、再びプールで遊ぶ。最後は波が定期的に来るエリアでぷかぷか浮いて夏を楽しみ尽くした。
目をつぶっても、都築の笑顔が思い浮かぶくらいに、沢山見ることができた。
楽しい時間はあっという間に終わる。
身体の心地よい気だるさとともに、日が傾き始めていた。
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