第8話 雪解け


 気づくと朝になっていた。





 どうやら俺は、あのまま眠ってしまったようだ。

 テーブルから顔を上げると、少し腰が痛かった。

 そして。

 肩に掛けられたブランケットに微笑んだ。


「……」


 正面には俺と同じく、テーブルに顔を埋めて寝息を立てている彼女、真夜まやがいた。

 ずっと傍にいてくれたのか。

 そう思うと、胸の奥が熱くなった。

 静かに立ち上がり、自分のブランケットを彼女の肩に掛ける。

 しかしその仕草に気づいたのか、彼女が目を開けた。


「……おはよう、修司しゅうじさん」


「お、おはようございます、真夜さん。起こしてしまってすいません」


「大丈夫ですよ。仕事柄眠りが浅いので、気にしないでください」


 そう言って微笑んだ彼女に赤面した。


「……修司さん?」


「ああいえ、なんでもないです。真夜さん、お仕事は」


「今日は休みです。珍しく明日も」


「そう、なんですね。俺と同じですね」


「ふふっ。こうして休日が合うのも久しぶりですね」


 そう言って立ち上がり、軽く伸びをした。


「朝食、食べられそうですか」


「ああいや、それなら俺が」


「いいんですよ。こういうのも習慣になってますし、気にしないでください。パンでいいですよね。修司さんはゆっくりしててください」


 いつもと変わらぬ笑顔を向け、真夜は台所へと向かった。





「……」


 昨日のことが気になって、食事の味がしなかった。


 話を聞いて、真夜はどう思ったのだろう。

 そもそも、俺はどうして話してしまったのだろう。

 これまで誰にも話したことのない、大いなる罪。

 それを、ついこの前出会った他人に話してしまった。

 そう思うと、後悔の念が押し寄せてきた。


 しかし同時に、こうも思った。

 親にさえ話していない秘密を打ち明けたことで、随分と心が軽くなっている。

 清々しささえ感じている。

 こんな気持ち、久しぶりだった。

 そんな俺に気づいたのか、コーヒーのお代わりを持ってきた真夜が俺を見つめ、ささやくように言った。


「昨日の話、聞けてよかったと思ってます」


「え……」


「どんな過去があったとしても、修司さんのように自暴自棄になる人はそんなにいない。ずっと思ってました。だから気になっていたんです。

 きっとこの人は長い間、苦しみに耐えてきたんだ。そしてそれから逃げたくて、死を渇望しているんだと」


「……」


「それがあの日、通り魔に刺されたことで、ようやく解放されるんだと安堵した。それなのにお節介な発見者、お節介な医療関係者のせいで生き永らえることになってしまって……ふふっ、あの時のあなたの反応、今なら理解できる気がします」


「……あの時は本当、すいませんでした」


「初めてあなたと話した時、思ったんです。この人は苦しんでいる。そしてそれはきっと、この人がそれだけ真面目に生きてきたからなんだって」


「そんなことは」


「お友達のこと、確かに辛かったと思います。でも話を聞いた私からすれば、そこまで自分を否定しなくてもいいんじゃないか、そう思ってしまいました」


「……」


「でも修司さんは誠実だから。何事にも真正面から向き合い、全てを受け止めようとする人だから。ここまで苦しんでしまったんだと思います」


「それは買いかぶりすぎです。俺はそこまで誠実ではありません」


「そう思ってしまうのは、誠実な人だからですよ」


 そう言って微笑んだ。

 そして自分の手を、俺の手にそっと重ねた。


「今まで辛かったですね。他人の私が簡単に言ってはいけないと思いますが、私は修司さん、あなたはもう十分に苦しんだと思います。そろそろ自分を許してあげてほしいです」


「……」


「修司さんは言いました。どうして私が、あなたにここまで尽くすのか分からないと。正直言って、私もよく分かってませんでした。でも話を聞いた今なら、答えられる気がします。と言うか、その勇気が生まれました」


「それは」


 真夜が少し頬を赤らめ、うなずいた。


「初めて会ったあの時から、私はあなたに惹かれていたんだと思います」


「え……」


 自分の中にあった感情。それと同じものを彼女も持っている。そのことに狼狽ろうばいした。


「修司さん。私はあなたのことが、一人の男性として好きです」


 その言葉に。

 涙が頬を伝っていった。

 昨日とは違う、温かい涙だった。


「俺も、俺もです……俺もあなたのことが好き、です……」


 その言葉に、真夜が幸せそうな笑みを浮かべた。

 静かに立ち上がり、俺の元へと近づいてくる。

 俺も立ち上がり、彼女の手を取った。


「大好きです、修司さん。どうか私を受け入れてください」


 そう言って頬にキスする。その仕草に動揺し、思わず彼女を抱きしめた。


「きゃっ」


「あ……す、すいません、驚きましたよね」


「いえ、大丈夫です……なんて言うか修司さん、今までで一番生きているって気がしたものですから」


 その言葉が嬉しくて。もう一度、今度は優しく抱きしめた。


「……こんな俺でもいいんですか。俺は親友を見殺しにした、最低な男なんです」


 言葉が終わらないうちに、真夜が唇を押し当ててきた。

 初めて感じる、女性の唇。

 温かくて柔らかい、全身が溶けていくような感覚。

 俺はそれを受け入れた。


「好きです、真夜さん。これからもずっと、俺の傍にいてください」


 真夜の口から吐息が漏れる。

 そして。


 頬に一筋の涙が伝っていた。



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