第44話 英雄

【ノア 視点】


 翌朝。


 俺はレイドを討伐したことを報告するため、王族専用の応接室を訪れていた。

 室内にいるのは俺とレギウス陛下の2人だけだ。


 昨夜のうちにエルナから傷を治してもらい、数時間だけ身体を休めた。

 失った右腕は完全に再生しているが、長時間にわたって戦った疲労までは消えていない。

 本来ならもう少し休んでおくべきなのだろう。

 だが、報告を後回しにできるような出来事ではなかった。


「レイドを殺しました」


 俺がそう告げた瞬間、レギウス陛下の動きが止まった。


 手にしていた紅茶のカップが受け皿へ触れ、小さな音を立てる。


「……今、何と言った?」

「【純血の牙】の首領、レイドを殺しました」


 聞き間違いではないと分かるように、もう1度はっきりと伝える。


 レギウス陛下は驚きを隠すことなく、俺の顔を見つめていた。


 これまでどれほど大きな事件が起きても冷静さを失わなかった男だ。

 そのレギウス陛下が完全に言葉を失っている。


 ここまで驚いた姿を見るのは初めてだった。


「詳しく聞かせろ」

「分かりました」


 俺は何があったのか順を追って説明した。


 数日前、レイド本人から俺宛ての手紙が届いたこと。

 エルドへ多額の報酬を約束し、当時の妻だったリゼへ近づくよう命じたのがレイドだったこと。


 レイドの目的は俺を【純血の牙】へ引き入れること。

 サキュバスの血を引くリゼに裏切られれば、俺も他種族を憎むようになる。

 魔族以外の種族は信じる価値がないと理解し、自分たちの思想へ賛同するようになる。


 レイドはそう考えていたらしい。


 手紙には3日後の正午に魔都西方の森へ1人で来るよう記されていた。

 兵士や他の魔王幹部を同行させれば、レイドは姿を消す。


 長年追い続けても居場所を突き止められなかった相手を逃さないため、俺は誰にも知らせず、指定された場所へ向かった。


 そこでレイドに仲間になるよう誘われたが、それを断り戦闘になったこと。

 右腕を失ったものの、最後には俺がレイドを殺した。


 討伐後はレイドの死を確認し、遺体を収納魔法の中へ入れて魔王城まで運んだ。


 現在、レイドの遺体は城内で厳重に保管されている。

 俺が説明している間、レギウス陛下は1度も口を挟まなかった。


 最初は驚きを浮かべていた表情が、レイドの行いを伝えるにつれて険しくなっていく。

 そしてすべてを聞き終えると、深く息を吐いた。


「一人であの男を倒したのか?」

「はい」

「……本当か? 本当に誰の力も借りずに倒したのだな?」

「はい、俺一人で倒しましたよ」


 レギウス陛下はすぐには何も言わなかった。

 紅茶のカップを机へ置き、ソファの背もたれへ深く身体を預ける。


「かつて、私とゼノの2人でレイドを追い詰めたことがある。あのときも討ち取ることはできなかった。わずかな隙を突かれ、転移魔法で逃げられた」


 レギウス陛下が改めて俺を見る。


「そのレイドをお前はたった1人で殺したのか」

「まぁ右腕を切断されましたけどね」

「その腕は?」

「エルナに治してもらいました。俺は回復魔法が苦手ですから」

「なるほど。あの子が得意とする分野だな」


 レギウス陛下の視線が、俺の再生した右腕へ向けられる。

 俺は確認させるように右手を開き、指を動かした。


 僅かな違和感は残っているものの、動かすことに問題はない。


「無断でレイドのもとへ向かい、1人で戦ったことについては魔王として叱責すべきなのだろうな」

「……」

「だが正規の部隊を動かしていれば、奴は姿を見せなかっただろう。長年追い続けてきた私たちが、レイドの居場所を突き止められなかったことも事実だ」


 レギウス陛下がソファから立ち上がる。

 俺の前まで歩いてくると、左肩へ手を置いた。


「やはりお前を魔王幹部にしたのは間違いじゃなかった」


 力強い声だった。


「よくやった、ノア。レイドは第三次魔法戦争が生み出した最大の負債の1つだ。奴によって、これまでどれだけの命が奪われたか分からない」


 人間。

 エルフ。

 ドワーフ。

 混血の魔族。

 そして、レイドの思想へ賛同しない魔族。


 【純血の牙】は数多くの者を殺してきた。


「奴を討ち取った功績は大きい。世界中の国々がこの知らせを歓迎するだろう」

「ですが、【純血の牙】が消滅したわけではありません」

「ああ。そのとおりだ」


 レギウス陛下の表情が引き締まる。

 首領を失ったとはいえ、各地にはまだ多くの構成員が残っている。


 残党の中からレイドの後継者を名乗る者が現れ、組織を立て直そうとする可能性もある。


 逆に指揮系統を失った構成員たちが暴走し、新たな事件を引き起こすことも考えられた。

 俺たちは今後の対応について話し合った。


 レイドを討ち取ったからといって、すべてが終わったわけではない。

 【純血の牙】を完全に壊滅させるための戦いはこれからだった。


 それでも組織の象徴であり、圧倒的な戦闘力を持つレイドを失った影響は大きい。






◇◇◇



 


 魔王軍によってレイドの遺体が詳しく調べられた。


 外見。

 魔力の性質。

 身体に残されていた古い傷。

 魔王軍に保管されていた記録と照合した結果、本人に間違いないと確認された。


 生命反応は完全に消失しており、蘇生する可能性もない。

 【純血の牙】の首領レイドは、間違いなく死んでいた。


 その日のうちに、レイド討伐の事実は正式に発表された。

 翌朝には魔都中で号外が配られていた。


『【純血の牙】首領レイド、討伐』

『魔王幹部第四席ノア・グランヴェルが単独で撃破』

『8年前に魔都を救った英雄、再び魔王国を救う』


 記事は瞬く間に魔王国中へ広がった。

 相手は長年にわたって世界中から追われていたテロリストだ。


 魔王国だけではない。

 人間国やエルフの国でもレイドの死は大きく報じられた。


 魔王城の前には朝から大勢の者が集まった。

 歓声を上げる者。

 花束を持ってくる者。

 家族を【純血の牙】に殺されたと話し、涙を流しながら感謝を伝えようとする者。


 出版社や新聞社からは取材の依頼が殺到した。


 8年前、俺は【狂神魔鎧(ベルセルク・レガリア)】の装着者を倒し、魔都を救った英雄として祭り上げられた。

 そして今度はその惨劇を引き起こした組織の首領を討ち取った英雄として、再び世間から称賛されることになった。


 だが、俺に英雄になったという実感はなかった。


 レイドを殺しても、母さんと姉さんは帰ってこない。

 リゼに裏切られた事実も消えない。


 だから周囲からどれだけ英雄と称えられても、素直に喜ぶことはできなかった。

 俺の心に残っていたのは達成感でも喜びでもない。

 ただ埋めようのない虚しさだけだった。

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