第5話 人間と荊の城 -女中の場合-

 妖魔の国。荊の城。巨大な月を背に妖しく佇むたたずむこの城には、とても多くの妖魔が働いている。


 その一人が城の女中じょちゅうであるユニだ。


 城に数多くいる妖魔のメイドの中でもユニが印象に残っているのは、ジョセフ老人の邸宅へ毎日のようにやってきて、食事や生活雑貨などを置いていく妖魔だからだ。




「おぉユニ。いつも悪いのぉ」


「いえ、仕事ですので」




 ジョセフ老人に、ユニと呼ばれたこのメイドさんは、顎下で切りそろえられた艶やかな黒い髪が特徴の妖魔だ。メイド服がよく似合い、非常に美人である。というかこの世界にきて見ている限り、妖魔という種族は大体美形が多い。


 


 キビキビと動き、表情を変えない。


 愛想をあまり感じないタイプの美人だ。




 しかし美人であることに間違いはなく、見ているだけで目の保養になる。がしかし、オレは絶対にユニから嫌われている。




 理由は分からないが、いつも会うたびに冷たい目で一瞥いちべつされ、挨拶をしようとしても、切り捨てるように無視される。




 なにかした覚えはないし…そもそも人間が嫌いなのか。






 ユニから日用品を預かったジョセフ老人は霊薬の実験に戻り、楽しそうにしている。




 ビーカーのような硝子の容器に“蠢く”謎の液体。


 たとえ世界で一番強くなれるとしても、アレだけは口にしたくない。




「はて、眼鏡はどこへいったかの」




 おでこに預けた眼鏡が分からなくなった、お決まりのボケをかましている。


 ジョセフ老人は凄い魔法使いらしいし、実際に魔法を使う場面も何度も見ている。




 ただ最近では、本当にボケているのではないかと心配になる。




 




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




夜の国。森の浅い場所。夜目の効く鳥たちが、大木に生る果実をついばんでいる。その大木の下では、いつものように月の妖精と人間が、魔物を狩っていた。






「ユニちゃんは本当に優しいんだよ!笑顔とかチョーかわいいし」




 ユニの様子について、最近の悩んでいるとルナに相談すると、いつも通りまるで自分のことにように自分ではない誰かを自慢し始めた。




「別に仲良くして欲しいわけじゃないんだけど…さっ!」




 話しながら、飛びかかってきた牙蝙蝠ファングバッドの攻撃を避け、追撃を入れる。


 この世界に【召喚】来てから、それなりに月日も経ってきた。この辺りにいる魔物なら、雑談しながらでも相手をできるほどに成長している。


 我ながら環境に順応してきたものだ。




「召喚されてこの世界に来たのに、あんまり歓迎されてない気がしてさ」




 そう。


 歓迎されていないのだ。


 


 ジョセフ老人はよくしてくれて、世話をしてくれている。




 しかし女中のユニをはじめ、他の妖魔からはよく思われていないように感じるのだ。


 最近は庭師のセンジと話せるようになり、荊の城へ出入りすることもあるが、こちらを見る目が冷たいような気がする。




 単純に“妖魔”ではない“人間”という種族に対する感情なのだろうか。






 そんな悩みを感じてか、ルナが心配そうにこちらを見つめ、パッと思いついたように表情を明るくする。




「そうだ!良いことを思いついた!ついてきて!」




 満面の笑顔で嬉しそうに空中で一回転をするルナ。またまた振り回される予感がする。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




夜の国、深い森の奥。


空中を自由に動き回る大蛇が、その毒の牙を人間に向けていた。








「こんなのがっ!いるなんてっ!聞いてないっ!」




 今オレを襲っているのは大蛇である。


 それも身体の筋肉を使い、空中でまるでバネのように方向転換をしてくる大蛇。


 そんな大蛇が宙を変幻自在に跳び回り、毒牙を向けてくる。


 それを必死に避けながら叫んだ。




「ほら!しっかり避けないと危ないよ!点じゃなくて線で動きを捉えて、相手の動く先に剣を持って行くイメージだよっ」




 この妖精はどこかで聞いたようなアドバイスを、いとも簡単そうに言ってくれる。


 こちらはつい最近まで魔法も剣もない世界にいた一般人なのだ。今を生きるだけで精一杯だってのに。




 息が上がりそうになるのを、必死で堪え、大蛇の飛ぶ先を予測する。


 これまでにルナに教わった足の使い方をイメージし、大蛇が来るところに剣を置くように振る。




「お!イイ感じ」




 ルナに褒められると同時に、大蛇の首を落とすコトができた。




「やるじゃん!今のは良かったよ!」


「それは、ぜぇぜぇ………どうも………げほっ」




 体力が上がってきたとはいえ、命の危機を感じながらの運動は体に悪い。




 だけど最近は剣の扱いにも大分慣れてきた。


 まるで自分の腕の延長にさえ感じるほどだ。


 この世界に召喚されてからかなりの月日が経っている。


 元の世界の基準からすると、自分が人間離れしていっている気がするようだ。 




 宙を跳ね回る大蛇を倒し、息が切れて座り込むオレの頭を一撫ですると、ルナは近くにあった大きな木へ飛んでいった。




「ほらあったよ!これがユニちゃんの大好物!持って行ってあげよ」




 ルビーの実というらしいその果物は、妖精ルナの身体ほどの大きさのある真っ赤な、オレンジに似た果実だった。




 ………今度は人の過去に安易に触れるようなものでないかは、しっかり聞いておくとしよう。




 


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆






夜の国。荊の城。


給仕室へ続く長い廊下。なにを描いたのか分からない様々な絵画や、なにを模したのか分からない彫刻がいたるところに装飾されている。


そこに一人の女中を見つけ、声をかける人間がいた。






「あの、ユニさん!」


「………なんでしょうか」


「いつもお世話になっているので、お礼にと果物を採ってきました。良かったらどうぞ」




 嫌々振り返ったユニに、森で採ってきたルビーの実を差し出す。




「あなたがコレを?」


「えーと、森でたまたま見つけて、美味しそうだったから…」




 ルビーの実を見て驚き、怪しむ様子のユニに、たじろいでしまう。




 言い訳が苦しい…!しかしルナのコトは秘密にしてくれと言われているし、それにはなにか理由がありそうだから尊重してあげたい…。




 こちらの苦しい言い訳に、まっすぐ睨むように見つめるユニの視線がとても痛い。




「…これは、私がおしたいしていた方がよくくださったものです」




 ユニはそう言いながら、すこし怒ったような悲しそうな顔をこちらに向けてきた。




「その方は今はもういません。でも必ず帰ってきてくれると信じています。だから………私は」




 なにか話してはいけないことを、何度も喉元で止めるユニの表情はとても悔しそうに見えた。




「人間様(アナタ様)がカルミラ様の呪いを解くために、その意思とは関係なくここへ連れてこられたことは存じております。私たち妖魔が今はアナタ様に頼ることしかできないことも理解しているつもりです。そしてアナタ様も我々妖魔のために働いてくださっているのでしょう。ですが、私は呪いを解くことに、反対なのです」




 どういう意味か分からなかった。最初はただ人間だから嫌われているのだと思っていた。


 カルミラに忠誠を誓い、慕っているのに、死の呪いを解くことには反対。だからその呪いを解くために呼ばれた人間が嫌い?




 妖王は嫌われている?復活すると困ることがある?


 いや、そういうワケではなさそうだけど。


 隠されていることが多すぎて、理解が追いつかないな。




「あの、ごめんなさい。オレ、ただ………」


「申し訳ございません。過ぎた言葉を口にしました。私に気を使う必要はございません。どうぞアナタ様はアナタ様の使命を果たしてください」




 ユニはいつものように表情を変えず深く頭を下げ、洗練された動きで茨の城へと帰っていった。




「ここに来てから謝ってばかりだな」




 今日の目標である、彼女の笑顔を見ることは叶わなかった。

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