アルカディア建国記 ー女提督は静かに切れる 婚約破棄から始まる独立戦記ー

尾道 汀

第1章 婚約破棄

第1話 セルリア海

晴れた日には淡い青に染まり、古くから交易と航海の中心となってきた内海。


セルリア海。


東にそびえる大オリオン・南オリオン両山脈の間を抜けてきた風が、広い海上を西へ、北へと吹き渡る。この海では、一年を通して風が絶えることは少ない。


蝶が羽を広げたようなその内海の右の翼を、最終訓練を終えたエウリシア王国海軍第二練習艦隊が風上へ向けて進んでいた。


第二練習艦隊。艦隊の名を冠してはいるが、その実態は一番艦一隻のみで編成された新設部隊である。新たな航海術や艦艇運用を実海域で検証するために創設された、王国初の試みだった。


艦首に立つ女性の赤い髪が、陽光を受けて風に踊る。彼女は頬を撫でる潮風にそっと目を細めた。


少女の面影をわずかに残しながらも、その表情には一人の指揮官としての凛とした強さが宿っている。琥珀色の瞳は、穏やかなセルリア海の先を真っ直ぐに見据えていた。


彼女の名はイレーネ。


航海術を代々受け継ぐ海の名門、タラシア家の長女。若き海軍提督であり、第二練習艦隊司令官でもある。


次の瞬間、イレーネは鋭く命じた。


「スパンカー降ろせ!」


「司令官、風上で――」


「復唱!」


「スパンカー降ろします!」


十五、六歳ほどの若い練習生たちが、ベテランの水兵たちの檄を受けながら、慌ただしく帆を操作する。


「降ろせーっ!」


縦帆が消えた瞬間、艦首がわずかに風へ流れた。


その刹那――


海を渡る風が変わった。


主帆を大きく膨らませる強い追い風が艦を包んだ。


夏のこの時期、午後を少し回ったころになると、東のオリオン両山脈からセルリア海へ強い南東の風が吹き下ろす。船乗りたちはそれを、オリオン降ろしと呼んでいた。


イレーネは微笑み、乗組員たちを見回した。


「諸君、喜べ。予定より早く帰港できるぞ」



※作中の地名・位置関係の参考用として、近況ノートに世界地図を掲載しています。必要に応じてご覧ください。

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