第9話 追手

竜の子どもは、結局、森を出る日も、二人にぴったりとくっついてきた。

「名前、つけないと。」

エルフィーネが、竜の頭を撫でながら言った。

「そうだな。」

「何が、いいと思う?」

「お前が決めろ。懐いてるのは、俺じゃなくてお前だ。」

エルフィーネは、しばらく考えてから、竜の目を覗き込んだ。

「……ルカ。」

竜は、答えるように小さく鳴いた。気に入ったらしい。

「ルカ、か。悪くないな。」

森を出て、最初に向かったのは、リーナが根城にしている国境沿いの砦だった。エルフィーネ、俺、そして足元をとことこついてくるルカ。冤罪の記録を正式に見直すための手続きと、竜——ルカの存在をどう扱うかについて、話し合う必要があった。

道中は、平和なものだった。少なくとも、表向きは。

「レイド。」

夜、野営の焚き火を囲んでいると、エルフィーネがふと言った。

「さっきから、誰かに、見られてる気がする。」

「気のせいじゃないな。」

俺は、剣の柄に軽く手を添えた。

「昼過ぎから、ずっと同じ気配が、つかず離れず追ってきてる。」

「心眼、使った?」

「使うまでもない。素人の尾行だ。」

苦笑しながら答えたが、内心では、少し違うことを考えていた。素人にしては、随分と統率が取れている。単独犯というより、訓練された部隊の気配に近い。

「出てこい。」

俺は、闇の奥へ向かって声をかけた。

しばらくの沈黙のあと、木々の間から、黒装束の男たちが、音もなく姿を現した。数は、五人。全員、統一された紋章のない、素性を隠す装いだった。

「……何者だ。」

「答える義理はない。」

先頭の男が、抑揚のない声で言った。

「目的は、その竜だけだ。大人しく渡せば、お前たちに危害は加えない。」

エルフィーネが、ルカを庇うように抱きしめた。

「渡さない。」

「エルフィーネ。」

俺は、彼女の前に出た。

「随分と、遠慮のない言い方だな。誰の差し金だ。」

男は、何も答えなかった。代わりに、静かに剣を抜いた。他の四人も、同時に得物を構える。

「言葉で済ませる気は、ないらしい。」

俺は、剣を抜きながら、小さくため息をついた。

「エルフィーネ、ルカを頼む。」

「レイドは……」

「五人程度、どうということはない。」

強がりではなかった。少なくとも、素の剣の腕だけで、十分に対処できる相手だと踏んでいた。枷は、まだ使うところじゃない。

「行くぞ。」

戦いは、あっけなく終わった。三年間、わざと鈍らせてきた剣の腕は、演技をやめた今、素のままでも黒装束の男たちの動きを軽く上回っていた。枷に頼るまでもなかった。

四人を無力化したところで、残った先頭の男が、忌々しげに舌打ちをした。

「……本当に、噂通りか。」

「噂?」

「無能と追放された剣士が、実は化け物じみた力を隠していた、という話。まさか、本当だったとはな。」

男は、懐から小さな結晶のようなものを取り出した。それを地面に叩きつけると、白い煙が周囲に立ち込める。

「今日のところは、退く。だが。」

煙の中、男の声だけが響いた。

「その竜は、我々の――いや、〝あの方〟の所有物だ。取り返しに来るのは、これで最後じゃない。」

煙が晴れた時には、五人の男たちの姿は、跡形もなく消えていた。

「……逃げられたか。」

俺は、剣を鞘に納めながら、舌打ちした。

「レイド、大丈夫?」

エルフィーネが、ルカを抱えたまま駆け寄ってくる。

「問題ない。それより、聞いたか。今の。」

「〝あの方〟の、所有物……。」

エルフィーネの顔が、強張っていた。

「ルカは、やっぱり、誰かに、作られた……?」

「可能性は高いな。」

俺は、ルカの頭を軽く撫でた。竜の子どもは、不安げに、俺たちの顔を交互に見上げていた。

「心配するな。」

俺は、努めて軽い口調で言った。

「相手が誰であれ、お前を渡す気はない。」

エルフィーネは、しばらく黙っていた。それから、小さく、でもはっきりと言った。

「わたしも。」

「なんだ?」

「わたしも、ルカを守る。それに――」

彼女は、俺の顔をまっすぐ見た。

「今度は、レイドのことも。三年前みたいに、一人で抱え込ませない。」

その言葉には、これまでのどんな台詞よりも、強い意志が込められていた。

焚き火の炎が、静かに揺れている。夜空には、いつもより多くの星が瞬いていた。

まだ、始まったばかりの旅だった。

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