第003話 魔物使いの本領


 作戦成功の達成感と疲労で少し呆然としていると、突然大量の何かが流れ込んでくる感覚に襲われた。


「うぉ……!?」


「ワゥ……!?」


 ベルと二人で声を上げる。これは……

 この世界では、相手を殺害、または半殺しにすると、相手の魂の一部を取り込んで力を増すことができるとされている。これを位階の上昇と呼ぶ。つまりはレベルアップだ。

 最強格の竜種であるヴァッカスドラゴンを倒したことで、俺達にもそれが起こったらしい。先ほどまでとは比べ物にならない力が自身に宿ったのを感じる。

 そして変化はそれだけではなかった。まるで天啓のように、言葉とイメージが脳内に浮かび上がったのだ。


「調伏(サブジュゲイト)……これってもしかして、魔物使いの新しいスキルか……!?」


 天職はスキルを使うほどに熟達し、より強力なスキルを覚えることができる。要は熟練度を稼ぐと天職が成長するのだ。

 ただ、魔物使いの場合は特殊で、仲間を増やさないと熟練度が増えないと言われていた。

 そして今、最強格の竜種を仲間にしたことで天職が急成長し、誰も見たことのない新たなスキルを獲得できたんだ……!


 俺は鼓動が早くなっていくのを感じながら、天啓で得た新スキルの情報を確認した。

 どうやら調伏(サブジュゲイト)は、馴化(テイム)の進化版スキルらしい。

 同じく魔物を仲間にできるが、その成功率は進化前と違い、自(・)身(・)の(・)位(・)階(・)に(・)比(・)例(・)するようだ。

 さらに進化前は仲間の数で頭割りされていた経験値が、仲(・)間(・)の(・)数(・)に(・)比(・)例(・)して増加するようになる。

 これは、つまり……


「魔物使いのデメリットが、全部反転してる……ハズレ天職だなんてとんでもない……! こんなの、大器晩成型の超アタリ天職じゃないか!」


「ワンワン!」


「ああ、そうだぞベル! 俺達とヴァッカスドラゴンだけでは、勇者相手に生き残れる可能性は五分五分だった……

 だが新たなスキルを得た今! 仲間をさらに増やし、位階の上昇まで加速させる事ができる!

 これなら間に合う……あの理不尽な力を持つ勇者相手にも、きっと生き残れるぞ!」


「ワオン!」


 俺の感情がベルにも伝わったらしい。嬉しそうに駆け寄ってきた彼を、俺はしっかりと抱きとめた。

 そうして二人で喜びを分かち合っていると、妙に艶っぽい女性の声が聞こえてきた。


「——あー、もー、なんなのよぉー……せっかく気持ちよく飲んでたのにぃ……体中穴だらけで痛いし、なんかオークごときの仲間にされちゃったしぃ……」


 驚いて辺りを見回すと、ベルも同じようにしていた。ということは……


「今の声、お前か? ヴァッカスドラゴン」


 隣に横たわる巨大なドラゴンに問いかけると、奴は涙目で俺を睨み返した。


「くすん。そうよぉ。こんなの、飲まなきゃやってらんないわぁ……お酒は毎日くれなきゃ許さないんだからぁ〜……ゔぅ〜……」


 彼……いや彼女は、大きな目からぽろぽろと涙を流し始めた。

 ゔっ、結構な罪悪感だ……必死過ぎて考えが及ばなかったけど、そりゃ魔物にだって人生があるよな。

 俺は彼女に向き直ると、深々と頭を下げた。

 

「す、すまない……俺様が生き残るには、どうしてもお前の力が必要だったんだ。だから恨んでくれて構わない。

 酒は……竜王の泪(なみだ)を毎日は無理だが、なるべく上等なものを提供する。

 こちらの都合ばかりで申し訳ないが、どうか協力してほしい。頼む」


「……! ふ、ふーん。まぁ、そこまで言うなら? あたしも負けちゃったし? 仕方ないから言うこと聞いてあげるわぁ。

 ま、何するのか知らないけどね。あ、ちゃんと美味しいお酒をよこしなさいよぉ?」

 

 ヴァッカスドラゴンは途端に涙を引っ込め、笑みの形に牙を剥いた。

 なるほど。このドラゴンにとっては酒が全てらしい。分かりやすくて助かる。

 それにしても彼女、めちゃくちゃ流暢に話すな……

 年月を経た魔物は人間以上の知性を持つらしいから、彼女はおばあ……じゃなくて、とても大人な女性ということだろう。


「ああ、よろしく頼む。ところで……そろそろ酒も抜けた頃だろう。回復を頼めるか?」


「え……デュランとか言ったかしら? あなた、なんであたしが回復できるって知ってるの……? まぁ、いいわぁ。はい」


 ヴァッカスドラゴンが軽い調子で声を上げると、彼女の体から清浄な青い光が放射された。

 その光は俺とベルをも包み、先ほどの戦いで刻まれた傷はものの数十秒で完全に回復してしまった。もちろん術者本人の傷も癒えている。

 俺が最優先で彼女を仲間にした理由はこれだ。攻略法を知っていたのもあるが、彼女は攻撃、防御、回復の全てに秀でた万能型なのだ。

 レベルが急上昇した今でも、素面の彼女には勝てる気がしない。酒が抜ける前に決着がついて本当に良かった……


「ふぅ……流石だな、感謝する」


「ワンワン!」


 俺とベルの言葉に、ヴァッカスドラゴンはひょいと瞼(まぶた)を上げて応じた。結構気さくな人なのかも。


「どういたしましてぇ。それで、この後はどうするの? あたし疲れたから、今日はもう休みたいんだけど」


「わかっている。だが少し待ってくれ。もう一人連れがいるので、顔合わせついでに合流させて欲しい」






 その後、俺達は全員で岩場を後にし、ラミルルさんが待機しているはずの場所に向かった。

 すると彼女は、巨木の根元にできた洞(うろ)に、大きな体を押し込むように座り込んでいた。

 よほど不安だったのだろう、両耳を塞ぎ、目をきつく閉じ、その大きな体をガタガタと震わせている。

 俺は急いで彼女の元に駆け寄ると、そっとその肩に触れた。


「ラミルル」


「ひゃあっ!? え、あ……デュラン様……?」


 弾かれたように顔を上げた彼女は、まるで幽霊でも見たような表情をしていた。


「ああ、俺様だ。ベルも居るぞ。二人ともちゃんと生きている。作戦も成功した」


「ワオン!」


 ラミルルさんは俺とベルとを見比べると、呆然と脱力した。


「——生き、てる……ひぐっ……岩場から、すごい音がして、それがずっと止まなくて、そのまま日が暮れちゃって……音が止んでも、誰も、帰ってこなくて……

 デュラン様が、ベルちゃんが死んじゃってたらどうしようって……わだしのせいだっでぇ……

 でも、帰っできでくれで……二人ども無事で……よがっだ……よがっだでずぅ〜〜〜……!」


 ラミルルさんは、そのまま声を上げて泣き始めてしまった。

 俺はその姿を……俺達の無事に泣きながら安堵する彼女の姿を見て、頭をハンマーでぶん殴られたような衝撃を感じた。


 俺は心のどこかで、まだこの世界をゲームの延長のように感じていた。

 この絶望的な状況すら攻略すべきハードルと捉え、高難易度クエストをクリアするような気持ちでいたのだ。

 だから俺は、俺達の身を案じてくれる彼女の心情を想像できていなかった。

 彼女はただのゲームキャラなどではなく、この世界に生きる一人の人間だというのに。俺は、それを全く理解していなかった。


「すまない……本当に心配をかけた。お前が手伝ってくれたおかげで全てうまく行った。ありがとう、ラミルル」


 俺は泣き続けるラミルルさんの頭に手をのせ、壊れ物を扱うようにそっと撫でた。

 この世界で過ごした14年間の記憶が呼び覚まされる。お互いがまだ小さかった頃、泣き出してしまった彼女を俺はよくこうして慰めていた。

 それが、彼女が俺の背を追い越してからは、つまらない嫉妬で随分と酷い態度をとってしまっていた。

 ——うん、これは早急に償いが必要だ。彼女は料理が好きだったはず。調理器具とか贈ったら喜んでくれないかな……


「——あ、あの……デュラン様。ありがとうございます。もう、大丈夫です……」


 暫く撫で続けているとラミルルさんは泣き止み、ものすごく小さな声でそう言った。

 彼女の頬は赤く染まっていて、非常に恥ずかしそうにしている。

 その表情に鼓動が早くなるのを感じながら、俺はさっと手を引っ込めた。


「えっと……そうだ。落ち着いたところで紹介しよう。ベルの新しい同僚だ」


「あ、そういえばそういう話でしたよね。でも、どこに……」


 ラミルルさんがキョロキョロと辺りを見回す。すると——


 ヒュゥゥゥッ……ドンッ!


 上空に待機していたヴァッカスドラゴンが急降下し、俺達の間近に着陸した。


「ひっ……ひぃぃっ!」


 突然現れた巨大なドラゴンに、ラミルルさんが悲鳴をあげてへたり込む。

 しまった。また怖がらせてしまった……まだまだ配慮が足りていない。反省しなければ……

 一方ヴァッカスドラゴンはというと、涎を垂らしそうな顔でラミルルさんを見ている。


「人の顔見て腰抜かすなんて、失礼な娘(こ)ねぇ……でも、むっちむちですんごく美味しそう……!

 ねぇデュラン。この娘(こ)、ちょっと味見してもいいかしら?」


「ダメに決まってるだろう……ラミルル、驚かせてすまない。彼女はヴァッカスドラゴン。先ほど俺様の仲間になってもらった」


「こ、この、物凄く強そうなドラゴンさんを仲間に……!? あわわ、み、見てるだけで震えが……凄い……! 凄すぎます、デュラン様!」


「うむ。ベルと二人がかりで、かなりギリギリの戦いだったがな……ほら、手を」


「あ、ありがとうございま——きゃっ……!?」


 俺はへたり込んだラミルルさんの手を引き、彼女の大きな体をひょいと引き起こした。

 立ち上がった彼女が、たいそう驚いた表情でこちらを見ている。

 なるほど。以前の俺では、その、大変発育のいい彼女を引っ張り上げるなんて無理だっただろう。びっくりして当然か。


「ふふっ、どうだ? 先ほどの戦いを経て、大きく位階を上げたのだ。

 俺様は魔物使いの天職を授かってしまったが、もう力は重戦士のお前よりも強いだろう。

 天職や体格の差など、俺様にかかれば些細な問題ということだ。デュフフフ……!」


 俺が冗談っぽくそう言うと、ラミルルさんは一瞬目を見開き、その顔に満面の笑みを浮かべた。


「はい……はい……! ありがとうございます、デュラン様……」


 あ、あれ……? 俺今、お礼を言われるようなこと言ったか……?

 なんか想定してたリアクションと違うけど、彼女が笑ってくれるならなんでもいいか。

 ——勇者との戦いまで残り一年。彼女を泣かせないため、そしてこの世界のラストエンディングを見るためにも、全力で鍛錬に励もう。

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