第34話 新たな門出
出立の日が決まると、正嗣は真っ先に、おすずにそのことを伝えた。
「牛窓、行くんや」
おすずは、少し驚いた顔をした後、すぐに、いつもの明るい笑みを浮かべた。
「ええやん。まささんの探しもんに、ぴったりの場所やないの」
「二年間、本当にお世話になりました」
「水臭いこと言わんといて。うちも、まささんのおかげで、面白い話、ぎょうさん聞けたわ」
おすずは、そう言いながら、少しだけ寂しそうな表情を見せた。
「けど、これでお別れ、いうわけやないんやろ?」
「もちろんです。落ち着いたら、必ず連絡します」
「約束やで」
出立の朝、正嗣は港で、おすずと最後の言葉を交わした。
「まささん」
「はい」
「うち、堺で色んな人見てきたけど、まささんみたいな人、初めてやったわ」
「そうですか」
「うん。損得だけやのうて、なんや、信念みたいなもんで動いとる人。珍しいで、そういうの」
その言葉に、正嗣は、少しくすぐったい気持ちになった。
「おすずさんにも、たくさん助けられました。おすずさんがいなかったら、ここまで来られなかったと思います」
「大げさやなあ」
おすずは、そう言って笑ったが、その目には、確かな誇らしさが滲んでいた。
「ほな、元気でな。牛窓でも、面白い話、たくさん作ってきいや」
「はい。おすずさんも」
船が、静かに港を離れていく。
正嗣は、遠ざかっていくおすずの姿と、堺の町並みを、しばらく見つめ続けた。
長浜での日々。
喜平たちとの出会いと別れ。
堺での二年間。
小西隆佐との縁、おすずとの友情、そして、松井友閑や明智十兵衛といった、歴史の中の人物たちとの、束の間の交わり。
その一つ一つが、正嗣の中に、確かな経験として積み重なっていた。
(次は、牛窓)
瀬戸の海の向こうに、まだ見ぬ土地が待っている。
そこで、いよいよ、この時代でしか造れない酒への、本格的な挑戦が始まろうとしていた。
――堺編、了。
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